第5話 結納、そして・・・

文字数 2,492文字

 翼とユリは、二人の両親ももと結納と結婚式の日取りを決めた。

 結納は1ヶ月後の8月に翼の親戚を仲人に立て行うことが決まり、結婚は来年の春となった。
式は神前結婚である。
神前結婚はユリの実家の関係や、翼やユリが神社庁職員であるため、当然といえば当然の事であるが翼は少し不満だった。

 そう!ウェディングドレスである。
ユリのその姿を見たかったのである。
だが神前結婚でウェディングドレスを来て行うことはできない。
ユリも不思議な事にウェディングドレスに拘る(こだわる)ことはなかった。

 そこに救いの手、ユリの母親が現れた。
ユリの母はウェディングドレスに憧れ(あこがれ)ていて、自分ができなかったことを娘にさせたかったようである。

 ナイス! お義母(かあ)様! と、翼が心の中で叫んだ。

 だが、翼が知らないうちにユリは母親と一緒に行って写真を撮ってきてしまったのだ。
言うまでも無くユリの父親も置いてけぼりを喰ったのである。
このときばかりはユリの父と翼は抱き合い、互いに慰め合ったのである。

 そして結婚式の日取りであるが、これは一筋縄でいかなかった・・。
ユリの母が早く結婚をさせたくて、今年の冬にでもと騒いだ。
それに対し翼の両親が『寒い日の結婚式なんて嫌だ!』とだだをこねたのである。
翼の両親はそれならとさらに前倒しして秋にはどうだと提案をした。
だが、秋は何かと神社の行事で忙しいとユリの両親からすげなく断られたのであった。

 ユリ自信はジューンブライドという言葉に憧れていたようだが、流石(さすが)に来年の6月というのは遅いと翼の両親、そしてユリの母親が却下したのである。
唯一賛成したのはユリの父親だけであった。
理由は単純明快、ユリの結婚をただ遅らせたかったためである。

 結局、来春というところで落ち着いた。
ユリの両親がそれで折れたのだ。
春は何かと神社でも忙しいのだが、ユリの結婚を早くさせたいユリの母の強い要望があったためである。

 迎えた結納式の日、意外とあっけなく終わってしまい緊張していた翼は拍子抜けした。

 とはいえ結納式を迎えるまで何かと大変だった。
結納品が家というか地域性なのか違っていた事や、作法も幾分異なっていたのだ。
そのため両家で話し合うことなどが多々あり、結婚するという事がいかに厳正な儀式であるか痛感した翼である。

 意外だと翼が思ったことがる。
あのチャランポランに思える翼の両親が、結納に関してはしっかりとしていた事である。
翼の家は結納に固有の仕来り(しきたり)があり、また結納品が少し特別であった。
翼の両親はどうしても自分の家に合わせたく、ユリの両親に申し出たのである。

 翼の両親は先祖代々受け継がれたことを大切にしたいという思いがあり、それを聞いたユリの両親は翼の家の仕来りにできるだけ従う事にしたのである。

 後に聞いたところ翼の家の独特のしきたりは、退治屋という一族によく見られる形式であり、それをユリの両親が継承していたらしい。
やはり翼の先祖は退治屋の家だったようだ。

 つつがなく結納を終え、世間一般に対して家同士が認めた婚約者となった二人であった。
神前結婚をする神社の手配は全てユリの両親にお任せをして、翼とユリは結婚式前に簡単な式についての説明を受け確認しただけであった。

 結婚式を待つだけとなった二人は、すったもんだのお祭りみたいな結婚に向けての両家の騒ぎから解放され、平穏な日常生活を送っていた。

 物の怪の見回りをしても、会うのはあのカッパのアベック程度であり平和であった。
とはいえ退治屋となった翼のもとには神社庁から物の怪の報告書が届けられるようになった。
退治屋と認定されてから1ヶ月後から届くようになった情報である。

 各地にある神社で目撃された物の怪の情報や、地元での退治実績などの報告書を、アクビをかみ殺して翼は眠そうな目をして見る。
そんな翼に、隣に座ったユリが(いさ)める。

 「ねぇ、アクビなんて失礼よ?
神社の方々が一生懸命に集めた情報なの。
真剣に読まないと罰があたるわ。」

 「うん・・、まぁそうなんだけどさ。
月に1回報告されてくるこの資料なんだけど、5回目となると飽きてきた。」

 「?」

 「だってさほとんどが他県での報告で、長野とは程遠いところでの報告だよ?
それもほとんど地元で対処したか、逃げたとしてもさほど危険がない物の怪だしね。
これが危険きわまりない物の怪が長野近県で見られたり、僕に退治依頼がきそうなら危機感を覚えるんだけどさ。」

 「そうね・・、でも、情報は大事よ?」
 「それは分かっているんだけど。」
 「ならいいわ。ただね・・。」
 「?」
 「少ないとはいえ、最近、物の怪退治件数が多くなってきていると思わない?」
 「え?」

 「つい最近までは毎月の報告に退治したとか、逃がしたとかいう報告はなかったのよ。
それがここ毎月、どこかの県で1件は必ず発生しているの。
まるで翼くんが退治屋になるのを見計らったかのようにね。」

 「そうなの?
でもさ、危険性が少ない物の怪で、それもほとんど退治されているから問題ないんじゃないの?」

 「まぁそうなんだけど・・、でも、気になるのよね。」
 「気にしすぎなんじゃないの?」
 「・・・そうかもしれないんだけど・・。」

 浮かぬ顔をしているユリに、翼はさほど気にかけず思いつきで提案をした。

 「そんなに気になるなら、あのカッパのアベックに情報が何かないか聞いてみたら?」
 「そうね・・、ルンに聞いて見ようかしら。」

 「そうしなよ。でも、あいつら神出鬼没でいつ会えるかわからないけどさ。」
 「確かに・・、まぁ、会ったら聞いてみるわ。」

 この時、翼は軽い気持ちで会話をしていた。
それというのも四六時中ユリと必ず二人で見回りをしており、ユリが単独で会いに行ったりすることはなかったからだ。
それにユリの側に自分がいれば、何かあっても必ずユリを守るという自信があった。
退治屋としてやっていく自信がつきはじめており、自信家になり始めていたのかもしれない。
ただ自信家になるのは悪いことではない。
大成するためには必要なことでもあり一概に否定はできないことでもある。
誰でも一度は通過する道とも言えよう。
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