第42話 猫又、河童の里を訪れる その2

文字数 2,133文字

 ふて腐れて翼に背を向けて横になったケルを見て、翼はホッとした。
ユンが玄関まで来て帰ってしまった事による八つ当たりをされずにすんだからだ。

 翼はなるべく音を立てないように、ケルと囲炉裏を挟んだ反対の位置に座わる。

 そして(わき)に置いてあった湯飲み茶碗に手を伸ばす。
この湯飲みはユンが居候(いそうろう)の翼にと用意をしてくれたものだ。

 体を乗り出し囲炉裏横にある急須を引き寄せる。
急須の蓋をあけると、色が変わり広がってしまった茶葉が入っていた。
ケルがお茶を飲んでそのままにしていたのだろう。

 囲炉裏の五徳に乗って湯気を上げている鉄瓶を取り、急須に湯を入れて湯飲み茶碗にそそぐ。
翼は息を吹きかけながら、お茶をすする。
すると自然とため息が漏れた。

 「う~ん、渋茶がうまい。出がらしだけど。」

 そう言って翼は、まったりとした時間を満喫しようとした。

 そんな時である・・

 からん、からん、からん、からん!!
カラン、からん、カラン!!

 大きな音が、屋敷中に響きわたった。
その音は、神社の賽銭箱の場所につり下げてある鈴の音にそっくりだった。
 
翼は突然の事に飛び上がらんばかりに驚く。

 「何だ!何が起こった!!」

 そう叫んで慌ててケルを見る。
ケルはケルで叫ぶ。

 「げっ!」

 まるでカエルが(つぶ)されたかのような叫びだ。
そして寝転んだ体制から一気に飛び起きた。

 それと間髪(かんはつ)をいれずに先程とは別の音が響きわたる。

 チリン、チリン・・・、チリリリン、チリン・・・

 今度は澄んだ音色の鈴の()だ。
その音が一定のテンポで屋敷中に鳴り響く。

 ケルは慌ただしく部屋から飛び出した。
その様子に驚いた翼は、ケルの背中に叫ぶ。

 「おぃ! ケル!! これは地震警報か! 」

 なぜに地震警報?
翼自体、何故そう叫んだか分からない。
だが、そう叫んでしまったのである。

 人は突然理解できない事で驚くと、訳の分からない事を叫ぶものだ。
よくある事だ、・・・たぶん。

 だが、地震警報とはいただけない。
普通に考えて、この江戸時代のような暮らしの村に地震警報があるとは思えない。
大事なので二度言う。
普通はあるとは思えない。

 江戸時代の学者が、現代のように地震発生の直前に地震警報など出せるはずがない。
そう思うのは筆者だけだろうか・・ゴホン! ・・・余計な見解でした。

 翼は少し落ち着きを取り戻し、先程自分が何を叫んだか理解しはじめた。
地震警報って、何を言っているんだろう?と。

 だが・・・、もしかした本当に地震警報だったりして。

 そう再び思った。
しかし・・、いやいやいや、それは無いだろうと、再び自分に突っ込みを入れる。

 そうは考えたものの・・・。
ここは物の怪の里である。
地震は現代科学で解明された現象で発生していないのかもしれない。
巨大ナマズが地中で暴れて、地震を起こしていても不思議はない。
なにせ物の怪の世界なのだから。
物の怪が巨大ナマズが地中で地震を起こす前の何かを感じ取って、鈴を鳴らしてもおかしくはない。

 だとしたら数秒後に地震か!

 そう思って、思わず翼は地震に身構え、ハットした。
ケルが部屋から飛び出して廊下を走って行った姿を思い出したのだ。

 普通は地震に対し庭に避難しようとするか、座布団を被って部屋の中で丸くなるはずだ。
それなのにケルは急いで庭に向かうでもなく、廊下を駆けて行った。
この居間の目の前は庭だ。
廊下を横切ってすぐに出られる。
それなのに、廊下を走って行ったのである。
それによく考えると、屋敷の使用人が騒ぐ気配がない。

 地震・・・じゃないよね、これ?
ではいったい何だったんだ、あの盛大に鳴った鈴の音は?
それにその音を聞いたケルの慌てようは?

 そう考えてみたものの、あの鈴の音の意味など自分には分かりようが無い。
ならばケルが飛び出す原因が何かあったか考えた方が良い。

 さて・・・、ケルが飛び出す前の出来事って何かあっただろうか?

 ケルが飛び出す前ねぇ~・・・。
そう考えてすぐに、ポン、と翼は手を打った。

 「分かった!」

 そう叫んで、翼は一つため息を吐く。
そしてボソリと呟いた。

 「発情期だ。
まぁ健全な男なら、誰でも突発的に発情をする可能性は否めないしね」

 そう言って一人納得した翼であった。
その理由は・・・
ユンがこの屋敷まで来てケルに会わずに帰った後で、ケルが異常行動を起こしたからだ。
そう、ユンに会いたかったのに会えなかった事が原因で発情したに違いないと翼は考えたのだ。

 ただこの推理には致命的な欠点があった。
それはあの鈴の音だ。

 誰がケルの発情を四六時中監視して、発情した瞬間に鈴を鳴らす必要があるというのだろう?

 もしそのような監視者がいたならば、プライバシーの侵害もよいところである。
河童にプライバシーとう概念があるかは別にして・・・。

 だが、翼にとって穴だらけの推理であっても、ケルが飛び出した理由が何であれ分かれば良かったのである。
自分を落ち着けるために・・。

 「しかし・・突然に発情すんだね、河童は。
驚くべき河童の生態だよね。
これ、学者だったら何て命名するのだろうか?
う~ん・・・
突発性発情症候群とか?
おぉ、いいねこの言い方。
我ながらネーミングセンスがあるんじゃないかな?」

 翼は自分を()めたたえたのであった。
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