第53話 筆頭与力との話し合い その2

文字数 2,790文字

 平助と翼の試合、そして翼の牢屋入りを避けたケルはホッとしていた。
それにしても翼の野郎、退治屋だというのに物の怪の社会を知らなすぎると内心でひとりごちる。

 ケルは姿勢を正し、話題を変えた。

 「ところで平助様、奉行所にいる人間の件ですが・・」

 人間? その言葉を聞いた翼は一瞬キョトンとした。
そしてこの世界に迷い込んだ人間がいるんだと理解をする。
翼はその人間について考える。

 もしかしてユリのように、なんらかの事情でこの世界に逃げてきた者がいるのだろうか?
いやそうじゃないよな・・・。
奉行所に居るとなると、その人間は・・犯罪者なのだろう。
でもなぜケルがここで突然にその話をするのだと、疑問に思った。

 翼はケルと平助の会話を見守ることにした。
平助はチラリとそんな翼を見て、ニヤリと笑いケルに答える。

 「その件か・・。で、ケルはどうしたい?」
 「此奴(こやつ)を、奉行所にいる人間と会わせてみてはいかがかと」
 「ふむ・・、そうよのう・・・。
まぁ、奉行所におる者は犯罪者では無いとお奉行は判断しておる事だしのう・・・。
コヤツに会わせることは問題はないが?」

 「そうでございますか・・」

 ケルはそれを聞いて微笑(ほほえ)んだ。

 「ちょ、ちょっと待って、コヤツにって俺のこと?」
 「そうじゃが?」
 「え? なんで俺?」
 「会ってみたくないのか?」
 「いや、知らない人に会ってみても仕方ないでしょ?」

 ケルはそれを聞いて、口の端をあげた。
その顔は、どう見ても悪巧みをした時の顔である。
翼は身構(みがま)えた。

 「そうか、そうか・・、翼は会いたくないか、ほう~、そうか」
 「な、何だよ!その意味深(いみしん)な言い方は!」
 「いや、別に深い意味なぞない」

 そう言ってケルの口角はさらに上がる。

 「け、ケル?! な、何か言いたいならハッキリ言え!
お前、何か怖いぞ?」

 「怖い? 当たり前だろう、俺は庄屋だぞ?」
 「へ?」
 「庄屋はこの村を束ねる権力者だ。村人に舐められてできるもんじゃねぇ」

 「え? 庄屋って(こわ)がれないとできないのか?」
 「あたりめぇだ! お前、庄屋になるのはどういう奴だと思っていやがるんだ」
 「根性が曲がっている奴がやるんじゃないの?」
 「なんだとぉ! テメェ、喧嘩(けんか)売ってんのか!」
 「いや、売らんよ、つまんないし」
 「それが喧嘩を売っているってやがんでぇ!」

 「あのさぁ、俺がケルに喧嘩を売ってもなんのメリットもないのにするわけないだろう」
 「メリットだぁ! 権力者に逆らってメリットも糞もねぇだろうがよ!」
 「権力者? え、ケルが?」
 「お、お前! 庄屋である俺をなんだと思ってんだ!」
 「庄屋だとは知っているけど?」

 「そうか、そうか、権力をもっている庄屋に喧嘩を売るってんだな!」
 「何を威圧してんのケル? 庄屋だからって威張ってると嫌われるぞ?」
 「馬鹿野郎! 庄屋だから威張ってんでぇ! 嫌われる? 上等だ!」
 「ほらぁ、そう怒って威張るからユンに嫌われるんだよ」
 「き、嫌われるだぁ~!・・・・、そ、そんなこたぁねぇ!」
 「そうかぁ?」
 「俺らはラブラブだ!」
 「ふ~ん、まぁ、そうならそれでいいさ。
でも、俺とユリほどじゃぁないけどね」

 「お前・・あくまでも庄屋に敬意を払わん気だな?・・」
 「敬意は払わんよ、親友」
 「だぁれが親友だ!」
 「ケル、お前だよ」
 「・・・・」

 ケルはポカンと口を開いた。
そんなケルに翼は真顔でいた。

 「し、親友? お、俺とお前がか?」
 「うん、そうだよ、俺はそう思っているけど?」
 「そ、そうか、親友か・・、ま、まぁ勝手に思うのは自由だ」
 「うん、勝手に思うよ」

 「だが俺は庄屋だ」
 「だから知っていると言っているだろう?」
 「庄屋に敬意を払えない者など、この村に居てもらっては困る」
 「え?・・」
 「庄屋として裁定を下す。翼、この村から出て行け」
 「え!」
 「え、じゃねぇよ、とっとと出て行きやがれ、この居候がぁ!」

 「なるほどのぉ、村を追われたか人間」

 平助は納得したかのように、うん、うんと首をふる。

 「え? あ、いや、こ、これは口喧嘩(くちげんか)で、さ、裁定では・・」
 「俺は裁定を下すと言ったぜ、翼よ」
 「え? ほ、本気?」
 「庄屋に二言はない。出て行け」
 「け、ケル・・さん? え?」

 「平助様、こやつは今、河童の里から追い出しました。
奉行所としてはいかが致します?
好きにしていいですよ?
物の怪の世界に自分の勝手な都合で来た人間ですから」

 「うむ・・・、そうよのう・・」
 「え? あ、あの平助さん? え、あれ? お、俺って罪人扱い?」
 「罪人・・? いや、罪人ではないな」
 「よかった~・・・」
 「勘違いするでない、罪人かどうかはこれから吟味(ぎんみ)をして決める事じゃ」
 「へ!? え? ぎ、吟味?」
 「そうじゃ」

 その言葉に翼は口をパクパクと開けた。

 「何か不満でもあるか?」
 「え? いや、不満以外にはないんですけど?」
 「だったらどうする? (わし)(たお)して逃げるか?」
 「・・・・」

 翼は黙って平助を見た。
平助からは殺気は感じられない。
ホンワカとした空気が漂ってくる。

 なんか試されている?
いや、からかわれているのか?
いや、その両方のような気がする。
そう翼は思った。
 
 「もし、逃げる事を選んだらどうします?」
 「別に儂はかまわんぞ?
で、儂を(たお)して逃げたとしてどうするのだ?
聞けばお前は番い(つがい)を探しに此処(ここ)に来たというではないか?」

 「ええ、そうです」
 「で、儂を斃せば奉行所の手配になり追われることとなる。
奉行所に追われながら番いを探すことになるが?
それにお前はいくつかの物の怪の里に行って番いを探した経験はあるから分かろう?
人間では物の怪の里の入り口など、異次元空間で見つけることは不可能だ」

 「そうですね、その通りです。
でも、もしかしたらたまたま村に戻る、または村から出てきたモノに遭遇できるかもしれない。
ならば根気よくその機会を伺いますよ」

 「そうか・・、で、儂を斃す自信があるのだな?」
 「ええ、ありますね、でも、しませんけど?」
 「?・・・」
 「斃さずに気を失わせる自信があるんです」

 それを聞いて平助は突然笑い出した。

 「わはははははははは、たいした自信だ。
つまり儂を傷をおわせずに負かせて逃亡し、さらに奉行所の役人など捕まらずに(つが)いを(さが)す自信があるということか。
これは愉快だ」

 「冗談だと思いますか?」
 「いや思わん。しゃくだが、お前の言うとおりだな。
おそらく儂ではお前にはかなわん。
儂はな、お前が儂を(たお)して行くと言うかと思っておった。
じゃが、気絶をさせて逃げると来た。
なるほどな、物の怪から手を出さぬ限り、ここではお前は人畜無害だ。
ケルが言った通りだな」

 「ケルが・・そう言ったのか?」
 「そうじゃよ」
 
 翼は思わずケルを見た。
ケルは翼から視線を外し、ソッポを向いた。

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