第52話 筆頭与力との話し合い

文字数 2,253文字

 ケルは気まずくなり話しを変えることにした。

 「平助様、ところで、この後はいかが致しますか?」

 その話しに、翼が横から口を挟んだ。

 「なぁケル、俺に話す時と、その爺さんとで話し方が違いすぎないか?」
 「だれが爺さんだ!」

 爺さんという単語に平助が反応する。

 「あっと悪い・・、えっと、なんだっけか? 爺さんじゃなくて(おに)さん?」
 「鬼とはなんだ、鬼とは! 貴様、儂を愚弄(ぐろう)する気か!」

 「あ、ごめん、鬼さんじゃなくて、ええと、なんだっけか?
あ、そうだ! お兄さんだ。
鬼さんじゃ無かった、あははははは、ごめん、ごめん」

 「お前、確信犯だろ、しょっ引くぞ!」
 「しょっ引く? あれ? お兄さんて岡っ引きだっけ?」

 「ばか! この方は筆頭与力様だぞ!」

 岡っ引きという言葉に、ケルが慌てて修正を入れる。

 「あ、そう言えば筆頭与力だって言っていたっけ、で、偉いのこの人?」
 「偉いにきまっているだろうが! このノウタリンのコンコンチキ野郎!」
 「いや、そんなに()めんなよケル、照れるじゃん」
 「どこをどう聞いたら褒め言葉に聞こえんだ、をぃ!」
 「違うの?」
 「違う!」

 二人の会話を聞いていた平助が、ため息をつく。

 「なるほどな、間が抜けてノホホンとしているという表現はわかる気がするな」
 「ん? (じい)さん、なんか言った?」
 「バカ者! (じじい)ではないと何度言ったらわかるのじゃ!」
 「だって人間にしたら100歳だろう? だったら俺の感覚だと爺さんだけど?」
 「うぬぬぬぬ! ケル、此奴(こやつ)牢屋(ろうや)にぶっ込むぞ」

 「はい、是非(ぜひ)とも」
 「け、ケルさん、ちょっと待って」
 「どうした?」
 「どうした、じゃないよ! なんで牢屋に入んなきゃいけないんだよ」

 「だってお前、奉行所の筆頭与力様を怒らせたんだぞ?」
 「え?! ちょっと怒らせただけで牢屋入り?
そんなに偉い爺さんなの、このネコ?」

 「誰が爺でネコだ!」
 「あれ?何か間違ってる?」
 「儂はネコなんぞではないわ!」
 「えっと、でも猫又でしょ?」

 「そうじゃ、猫又だ。分かっておるではないか」
 「ネコじゃん」
 「違う! 猫又だ!」
 「あ、そう・・・」

 「お、お前ナァ、絶対に分かっておらんだろう!
儂らをネコと同じにするでないわ!」

 「えっと、平助さんだっけか?」
 「さん?! さん付けだと! ま、まぁよい、何じゃ!」

 「マタタビは好き?」
 「ん? 大好物じゃが?」
 「煮干し(にぼし)は好き?」
 「好きじゃよ?」

 「煮干しは食べたときに頭を残す?」
 「まぁそうじゃな、頭は残すのう」
 「ネコじゃん」
 「!・・、こ、コヤツ・・、おい、ケル!!」

 「平助様、なぜに私を(にら)んで怒るのです?」
 「五月蠅い(うるさい)! この人間を何とかせい!」
 「何とかと言われましても、こういう人間で御座いますから」

 「なぁケル、お前さぁ、俺と話す時と平助さんと話すときに話し方違いすぎね?」
 「翼、少し黙れ、そして空気を読め」
 「空気を読めと言われてもナァ、物の怪との空気なんて読めないよ?」

 その言葉にケルは思わず右手で米神(こめかみ)を押さえた。
そしてため息を吐く。
やがて米神から手を離して平助を見た。

 「平助様、聞いての通りです。
この人間に我らの常識は通用しません。
それに力ずくで奉行所に連れて行くのはいいのですが・・。
もし抵抗したら、平助様はこの人間、いや翼を取り押さえられますか?」

 「ぞうさもないぞ」
 「そうですか? でも翼は先程の賊を捕らえたように腕が立ちますが?
試合をしたら楽勝という事でしょうか?」

 「ううむ・・、腕でいうなら・・互角か?」
 「いや、俺の方が強いんじゃない?」
 「何を言う! 儂が強いに決まっておろう!」
 「またまた~、冷静になんなよ、ね?」
 「お、お前! そこまで言うか!」
 「だって事実だもん」
 「そうか、そこまで言うのか、分かった、なら(たたか)おうぞ!」
 「え~、試合すんの~?」
 「ああ、お前に儂の強さを思い知らせてやろう!」

 どちらが強いかでヒートアップし、ついには試合という名目で下手をすると死闘となりそうな二人にケルは真っ青になる。

 平助は奉行所では腕の立つ者である。
だから腕自慢をしたいのはわかるが、相手は退治屋である翼だ。
退治屋を相手にして平助が無傷でいられるとは思えない。
また翼にしても、先程の破落戸(ごろつき)浪人とは異なるのだ。
平助を相手に無事でいられる保証はない。

 ケルはなんとか死闘をさけようと平助に声をかけた。

 「平助様、お二人が互角の腕前だとして戦うだけの意味、あります?」
 「ん? どういう意味じゃ?」
 「冷静に考えてみてくださいませ、戦ってもし傷を()ったとしたら?」

 「試合で傷を負ったらか・・。
そんな事がお奉行の耳に入ったなら、笑われるだろうな。
捕り物で傷を負うなら名誉だが、試合で怪我(けが)などあってはならぬな」

 「そうでございましょう?」
 「うむ・・。」

 「それにお説教や、試合で翼に奉行所の権威を示そうとしても、たぶん理解できませんよ?」
 「・・・うむ、そうじゃな、コヤツはそういう奴かもしれぬな」

 「では、しょっ引くのは無し、牢屋も無しで(よろ)しゅうございますね?」
 「・・・ううぬ、仕方ないか」

 「おおぉ! さすがケル、俺の親友だけある」
 「だ~れが、親友じゃ! このスットコドッコイのお調子ものがぁ!」
 「照れるな、友よ」
 「()めてねぇ! 人の話をよく聞きやがれ、この唐変木がぁ!」

 平助は二人の会話にため息をつき、首をゆっくりと左右に振る。
だめだこりゃ、という意思表示であった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み