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文字数 1,020文字

蒸気機関車が、荒れ野を駆けていきます――
『正しい人はいない』
『一人もいない』

最後尾のサロンへ向かう途中だったテスは、その連結部の手前の扉の前で動きを止め、気配を殺します。

車両連結部のトイレの前に、人が二人います。

『悟る者はいない』
『神を求める者もいない』

夕日に頬を染めながら、女が書物を読んでいます。

そばには背の高い赤毛の男が寄り添っていました。

『みな、道を踏み外し、役に立たない者となった』
『善いことをする者はいない、一人としていない』……――。

テスは息詰めて、二人の沈黙を聞きました。

車内だというのに、テスはマントを着込んでいます。

寒いから、だけではありません。

二振りの半月刀と銃とを隠しているのです。

これまでだったら寝台車のベッドの下に隠しておけばよかったのですが、もう、そうはいきません。

追われる身ですから。
…………………………。

そりゃ俺だって善いことをしたいさ。

だがその結果を味わうのは誰だ?

善行が善い実を結ぶと誰がどうして言えるんだ?

結果をコントロールしろなんて話じゃないはずよ。

いつだって私たちは――。

――私たちは………………。

言葉が消えていきます。

テスは扉に身を寄せて、様子を見守ることにしました。

……問題は、万能の神が作った俺たちが、なんでこんなに馬鹿なのかって話さ。

善いこと一つ、悪いこと一つ、自分で選んでできやしない。

何かをした結果じゃなくて、何かをしようという心がけの話だと思うけど。
結果が全てさ。
あなたらしいわ。
…………。

……神が私たちを神によく似たものとしてご創造たもうたなら、私たちは二重に記憶を失ったことになるわね。

まずは人として生まれたときに。

そして、この世界に落ちてきたときに。

俺たちは堕落したのか?
天使が天から堕ちたように、この世界に堕ちたのか?

私たちは天使じゃないわ。そんな善いものじゃないって、わかっているでしょう。

神は私たちを神として作った訳じゃない。似せて作ったのは見た目だけよ。

じゃあ、俺たちは何でこんなに苦しむんだ?

俺たちが人形にすぎないなら、試練は何故あるんだ?

お前の意見はどうだ? なあ? 覗き見野郎。

随分と気配に(さと)い男です。

テスは扉を開けて連結部へと入っていき、二人に一礼しました。

そそくさと通り抜けようとしたとき……。

おい。
……お前言葉つかいだろ。
テスは足早に通り過ぎ、サロンへ続く扉を開けました。
待てよ。

それでも。

二人連れはサロンまで追っては来ませんでした。

―つづく―
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