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文字数 2,765文字
見張り塔に人はいないようです。
村に接近するテスを
ですが、ぼうっとしていた旅人テスの目がいきなり鋭くなり――
尋ねてから、尋ねた相手を確かめて、テスは動揺しました。
少女だったのです。
年の頃は十五、六といったところでしょう。
大きな目でテスを見つめていました。
凍りついた目は、剥き出しの冷たさで存在感を放っています。
髪は、霧に煙る黄昏にあってもそうとわかるほど、はっきりした青でした。
少年を装うように、少女は低い声で話します。
見かけ通りの非力な少女ではなさそうだ、とテスは考えます。
この無人の荒野にあって、あまりにも落ち着き払っているからです。
冷たい風が渡ります。
テスの熱を奪います。
首をぎゅっと竦めます。
少女は名乗りません。
なのでテスは尋ねます。
少女が身じろぎしました。
本を抱く手が動き、題名が読み取れるようになりました。
金色の文字が、茜の霧を照り返します。
キシャは村へと爪先を向けました。
テスはそっと身構えました。ですが、キシャは彼に危害を加える素振りは見せませんでした。
抑揚に欠けた声。
質問への答え方。
表情を変えぬことも。
キシャは、自分を真似ているのです。
だとしたら。
テスは思います。
キシャが動きを止めます。
すぐには振り返りません。
背中で、重い威圧を放っています。
後悔させてやるとばかりに。
恐怖せよと。
……キシャは答えました。
二人はそれから黙って、砂が打たれた無人の村を横切っていきました。
村の広場を越え、連なる屋根の向こう、夕闇を乳白色に溶かした霧の先に、聖堂のいくつもの尖塔が見えるようになりました。
時を止めた鳩時計のそばを通り過ぎながら、テスは疑問を口に出しました。
その答えの意味をはかりかねているテスを置いて、キシャが走り出しました。
テスもついていきました。
村の奥に立つ教会まで来れば、圧倒されるほどの大聖堂でした。
テスはその前階段まできて足を止めました。
見上げても、聖堂の高さを目測できません。
遠い屋根は霧の中に隠れています。
すると、大聖堂の扉が内側からゆっくりと開き始めました。
テスが息をのみ、腰を落として力を溜める横で、キシャは唾をのんでから話を続けました。
セージの葉を焚く匂いが中から流れてきました。
キシャは心のない目をしています。
テスは身構えるのをやめて、白い石の前階段を一段ずつ上がり始めました。
今度はテスが前を、キシャが後ろを歩くかたちとなりました。
神殿のエントランスは、先ほど通り抜けてきた村の広場が丸ごと入るだけの広さがありました。
正面の通路の両脇に円柱が立ち並び、大理石の床が続く先に、次の大扉が黒く見えます。
照明はありませんが、縦長の窓が壁際に並んでいるため、暗さは感じません。
進め、
というように、エントランスの奥で、再び扉が勝手に開きました。
裾広がりの階段が、扉の先に広がっていました。右手側の壁面が全て窓になっており、窓の間に等間隔に円柱が並びます。
霧のない日には、さぞや西日が眩しいことでしょう。
テスは慎重に階段を上り始めました。
後ろを歩きながら答えるキシャの声に、冷たい笑いが混じります。
あのね、入り口の
望んで処刑人になったの。
火炙りが好きだったんだ。
それまで強がってた異端宗派の信奉者が、いざ
それでいつまでもいつまでも火を焚いていられるようになったんだ。
自分自身が焼かれながら。
もとは染物屋でね、大口の注文を受けたは良いけど、染料を買う金がなかったんだ。頭悪いだろ?
傑作なのがさ、そこであいつら、祈ったんだよ。神のための神殿を建てるんだから神が助けてくれるって。それで自分たちが絨毯になったんだ。
それとね――
白けた気配が放たれて、静寂が戻ります。
階段の上の空間から、野太い
人間の声ではありません。ですが、
黒く邪悪な圧力を感じさせる、低く腹に響く声、化け物の声でした。