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文字数 1,494文字

遠い異星・アースフィア。

そこは、時空の辺境。捨てられた被造物たちの墓場――。

かつて地球人たちは、己に似せて『言語生命体』と呼ばれる新人種を創造しました。

彼らを支配することで、神になろうとしたのです。

けれど、独立を求める言語生命体たちとの争いに辟易(へきえき)した地球人たちは、

言語生命体たちを、いくつもの並行宇宙(パラレルワールド)の、

いくつもの惑星アースフィアに捨て去りました。

そのうちの一つ。

終わらない夕闇が支配する惑星アースフィアに、一人の旅人が落ちてきました。

旅人は、終わらない昼が支配していた惑星アースフィアを覚えています。

そしてまた、終わらない夜が支配していた惑星アースフィアも覚えています。

けれど、

他の記憶はほとんど持っていませんでした。

たたん。たたん。

荒野を駆ける寝台車の窓を、終わらない夕日が染めています――。

おい……そろそろ毛布を返してくれないか?
……。

寝台車には二人の旅人がいました。

ベッドの上には緑髪の青年。

窓辺には、労働者階級の逞しい中年の男。

青年は、よほど寒いのでしょう。

灰白色のマントにこげ茶色のストールを着込み、

さらに体に二枚の毛布を巻きつけて放そうとしません。

……頼むよ。俺だって毛布なしで寝るのは寒いんだよ。それで、俺は今、眠いんだ。わかるだろ?

ていうか、お前はどうしてそんなに寒がりなんだ。異常だろう。

わからない。

奪われた言葉に、関係していると思う……。この世界に落ちたとき、恐らくは、熱に関する言葉を失った……。

記憶と一緒に。

そりゃかわいそうにな。

だが、毛布は返してもらうぜ。

確かにあんたには恩がある。間一髪だった。

あんたが来てくれなきゃ俺はあの化け物に……

彩喰(あやく)い』にやれてた。

でも俺はもう十分に借りを返したと思わないか?

汽車賃は出してやったし、飯も食わせたし、毛布は貸しっぱなしだし、俺はもう二回も寒い思いをしながら寝たんだ。

なあ……

青年は、のろのろ動いて毛布を男に返します。

それがあんまり嫌そうなので――

……俺が悪いことしたみたいじゃないか。
……。
……………………なあ、ところであんた、なんて名前だったっけ?
テス。
そうだった。テス。明日、次の駅で降りるんだったな。

でも、降りて何があるって言うんだ? そこには湿原しかないぜ。

湿原と、壊れた村だ。

気まずい沈黙が満ちてきます。

テスと名乗る青年は、呼気すら男に感じさせません。

全存在を車輪の音と振動に同調させています。

たたん、たたん……。

……何もないと思う。
枕に頬をくっつけながら、テスはやっと答えました。

だけど、何かあるかもしれない。

わからない。

テスは目を閉じて、そのまま眠りに落ちていきました。

次にテスが目覚めたとき、汽車は湿地の中にありました。

汽車が一人の旅人を吐き出します。

テスです。

この湿原で降りる人は、テス以外にいません。

 ※

 茶色く枯れた葦の原を、テスは歩いていきます。
 風もないのに、彼はマントの前をあわせてぎゅっと体を縮めます。両手で口を覆い、息を吹きかけてこすり合わせます。

 寒いのです。

 そんな彼の様子を、茂みから凝視する金色の目があります。

……。

 テスの行く手には、沼地がありました。

 生き物は見えません。
 水面を飛び交う虫もなく、跳ねる魚もいなません。
 ただ低木がさざめき、葦とガマが揺れるばかりです。

……いない。

石と化し、泥をかぶった水鳥たちが、末期の悲鳴をあげるかたちで(くちばし)を開いたまま、葦原に転がっています――

鳥たちは、消えた――。
この世界に青空はありません。
どこまでも、終わらない夕暮れ。
ここは夕闇の領域。
ここは、黄昏の国――。
―つづく―
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