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文字数 4,307文字
運転席と助手席にミスリルとアエリエ。テスは荷台にいます。
近くの木箱には、貝をつないだ見事な装飾品が収められています。
ミスリルが陽気に呼びかけながら荷台を開け放ちます。
テスは片膝を立てて座り込み、ぼんやりとしていました。
テスは浮かぬ顔で立ち上がります。
助手席から下りたアエリエが、少し離れたところで大きく体を伸ばしているのが見えました。
アエリエの顔に空の影が落ちます。
なぜ笑っていられるのだろう、と。
空はまもなく闇に覆われようとしているのに?
だからここは酷い世界なのだと、テスは思っていました。
そうではない、と、赤黒い夕闇を見て理解します。逆だったのだと。彼らは彼らの必然で、そういう目であり、顔であり、態度だったのだと。
そう思い、テスは口にします。
ミスリルは冗談を言っているのだろうかと思いました。
ですが、聞き返したテスの真意がわからぬと見えるミスリルの表情から、冗談でも、聞き間違いでもないと理解します。
ミスリルの右手がテスの手を握ります。
二人はしっかりと、互いの手を繋ぎます。
こんなに近いのに、触れればこんなに温かいのに、住んでいる世界が違う。
ミスリルは絶対的な他者です。
決して交わることはありません。
テスは繋いだ手をほどき、下ろそうとしました。
互いの指が離れた直後、何を察知したのか、ミスリルがテスの手首をがっしりと掴みました。
力強く、このまま放しはしないという意志に満ちていました。
テスは目線をミスリルの目に定めました。
優しい目だ、と思います。生きている者の目だ、と。
本当はみんな優しかったのだ、と。
生きているのだからと……。
テスが掴まれた手を下ろすと、ミスリルも
愛する友。
彼以上の最良の友が、自分にいるだろうか?
テスは自分に問い、自分で答えます。
いないだろう、と。
二人はもう繋がれていません。
アエリエも頷き、テスに微笑みかけました。
砂煙がトラックとテスの間を隔てます。
テスは手を振りました。
運転席の窓からミスリルの逞しい腕が出てきて、手を振り返しました。
もう微笑んでいられません。
テスはトラックと逆方向に歩き出します。
トラックで来た道を戻るのです。
もう彼らと交わることのないように。
一人、歩きます。
ひどく暗く、空を見れば、そこはもはや赤くはありません。
天空は、赤と黒のまだらでした。
その色彩が混じりあい、黒の割合が増していきます。
闇に塗り潰されていく。
だけど、優しい世界。
道も、道の両脇の枯れた草も、途切れる場所にたどり着いていました。
テスの爪先で、世界が消えています。
あるのは深淵、深淵と見分けのつかぬ空。
かつて赤い空のただ中に、黒い太陽が輝いていたように、今は闇のただ中に、赤い真円が浮いています。
その真円を横切って、鳥たちの群れが翔いていきます。
何かを啓示するように。
その意味が、突如わかりました。
深い闇に身を投げます。
鳥たちは空に留まっています。
落ちていきながら、鳥たちから遠ざかりながら、それでも空に手を伸ばします。
頭から落ちていきながらも、テスは目を閉じませんでした。
何も見えなくても、やがて、希望が見えるはずだから。
罪と堕落を知る者に、それが与えられるのなら。
テスは思います。
果たして自分に何ができただろう?
――世界を救う。
――世界を変える。
――命を守り、希望を与える。
――そんな
落ちているのか、上っているのか、平衡感覚はとうに失われています。
閉じた瞼の内側さえも、白い光に塗られます。
懐かしい気配がそばにありました。気配は女の声で語りかけました。
全ての戦いに勝ったんだ。お前は世界を救ったよ。自分で自分を
キシャの声はよく聞こえました。
真横にいるようであり、テスの体の中にいるようでさえあります。
目を開けてごらん。
朱に染まっていない、透明な光に。
空が青に染まりました。
透きとおる水色です。
風の言葉を聞いて、一羽の鳥が鳴きました。
鳥は小さな村の上を飛びます。
まっすぐ飛んでいきます。
村外れの池の畔で、サラが水瓶に水を汲んでいます。
何か感じるものがあるのか、サラは青空に目を細め、目の上に手をかざしました。
聖なるものであるかのように、一羽の鳥から目を離しません。