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文字数 1,880文字

さあ……。どうする?
テスは半月刀を鞘に収め、左手で、再現された村の家々を指さしました。
実体を見せるなら、実体で対抗できる。

テスは後ろを振り向きます。

連なる客車の屋根屋根を見ます。

先頭にほど近い煙室(えんしつ)を見ます。

その煙突から噴き上がる太い黒い煙が、風で左手方向に大きくなびいているのを見ます。

線路上の異常に気を配りながらも、機関室で加減弁を握りしめる運転士を想います。

汗をかき、熱で目もくらみ、喉を痛め、酸素を求めて喘ぐような息をしながらなおスコップで石炭をボイラーに投じ続ける火夫(かふ)を想います。

想像を目で補いながら、黒光りする車体、その逞しい車輪と、煤けた窓を想います。

そして目を閉じて、イメージを投げました。

新たなる警笛が、疾駆する機関車の後方、形喰いの影から生まれた実体の中より鳴り渡りました。

新たな車輪。

新たな車体。

新たな窓。

枝分かれして延びる新たな線路の上で機関車を走らせる、テスのイメージと言葉によって生み出された、新たな運転士と火夫。

テスは恐怖と悲鳴のイメージを投げます。

家々を砕き、家畜を踏み潰し、何も見えず亡霊のようにさまよう村人たち、馬、それらを()ねながら決して脱輪しない、強靭なる新たな機関車へと投げます。

枝分かれして併走する線路の上で、新しい機関車がテスのいる機関車に追いつきました。

その機関車の窓に、無数の人が張り付いています。

青ざめた顔。

血を流す顔。

土気色の顔。

窓に顔と手を押しつけ、恐怖に表情を歪ませて――

叫んでいます。

叫んでいます。

形喰いの影に溶かされたかつての実体たちが。

人間たちが。

影の中で脈打ち、自我を失い、それでも再び実体化されれば、最期の時と違わぬ最期の恐怖を訴える、幽霊たちが。

叫んでいます。

テスはサイアに身を借りたキシャを両腕に抱き上げました。

その重さを支えるべく、より一層強固な大気の足場を空中に作り、二段階に分けて飛んで新しい機関車に飛び移る、そのとき――。

だめ!!! 戻ってらっしゃい!

オープンデッキから投げられた言葉が、テスの胸を貫きます。

深く、深く――。

サイア!
さらに悲痛な叫びがテスの耳を打ちました。
サイア、サイア!!

サイアの父、ジュンハと呼ばれていた男が、客車の窓から身を乗り出して、両腕をテスとキシャへと伸ばしていました。

上半身をすっかり窓の外に出したその男の腰に、別の誰かの両腕が巻き付いて、外に転げ落ちんとするのを防いでいます。
二つの線路は離れていきます。

二つの機関車は離れていきます。

もう、どうしようもなく……。

サイアーーーーーー!!!
父親の絶叫が悲しく遠ざかります。
テスは自分のしたことの恐ろしさに凍り付きます。
――返すから。
遠ざかりつつある機関車に、テスは凍り付いた心で約束をします。
――この子は必ず返すから……。
こっちに来るぞ。

キシャは、サイアの父の叫びを何とも思っていない様子です。

村が溶けていきます。

形喰いは、結界で守られていない新しい機関車に集中します。

この機関車に閉じ込められた恐怖を追って、やって来ます。

影が、最後尾の車両に触れました。

すると車両は音も立てず、煙も、粉塵も立てず、水のように溶け始めました。

影の濃さ、脈打つ恐怖、無情の貪欲を映して、空の赤が濃さを増します。
…………………………。

……色彩が…………

…………死ん………………

………………でいく………………。

影は車両を溶かしながら、テスがいる車両へ迫ってきます。

それで、こっちに引きつけたはいいが、どうするつもりだ?

この列車を喰ったあと、あれは本物の機関車を追うぞ。必ず追いつかれる。

テスは形喰いから目をそらし、キシャを見て答えました。
もしも対抗手段がないのなら、お前は俺とサイアをおいて逃げているだろう、キシャ。
要領のいい奴め。私を使うとは……。
二人が立つ車両から三両先の客車が溶かされ、消滅しました。
あいつらは実体のないものは喰えない。
溶かし尽くす影が、二両先の客車の中ほどまで達しました。
拒否反応を起こすんだ。だから実体のないもので対抗すればいい。
どうやって。
形喰いが、一両先の車両に触れました。キシャからものを教わっている暇はもうありません。
私の記憶を使ってやる。

一両先の車両の中央まで影が達しました。

テスはつい後ずさりましたが、キシャは動じません。
そして、その車両も消滅し、二人が立つ車両が最後尾となりました。

この子供の体を使う。

車両を連結する短い通路も消え、影が、二人が立つ車両の端に触れました。

それでもキシャは恐れていません。

……自分が選んだ戦いかたの結果を目に焼き付けろ。
―つづく―
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