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文字数 2,410文字

テスは闇を這い、やがて光を見ました。

朱色の光に染まる出口から慎重に外を伺うと、そこは街の中枢を囲む城門の、内側であるようでした。

穴の外側に身を投げて、大気の足場を蹴って飛び上がり、城壁の上に着地。

今度は城壁の外側へと身を投げて、空中でくるりと体を丸くします。

通りの真上で静止して、音もなく舞い降りました。

そのまま宿に駆け戻り、音を立てずに二階に駆け上がります。

ベッドの下に隠した武器、物理銃と一対の半月刀を引きずり出しました。

腰にベルトを巻き付け、腰の後ろに銃を、左右の腰に一振りずつ半月刀を装着。

最後にマントを羽織ります。

階段を慌ただしく駆け上がる足音を聞いたのはそのときでした。

テスは部屋の窓を、急いで、しかし静かに開け、窓枠を蹴りました。

風をまとう(つか)の間の快感と共に浮き上がり、屋根の縁を掴みます。

(もうバレたのか)

テスは振り向かず、屋根屋根の上を渡り走り出しました。

間もなく背後で警鐘が鳴り響きました。

街の中枢から鳴り響く重々しい鐘の音に呼応して、甲高い早鐘が方々で鳴り響きます。

追跡が始まったのです。

テスは街を囲む城壁へと近付いていきました。

中枢から遠のくにつれ、街が荒れていきます。

ついぞ荒れた空き家が建ち並ぶばかりの区画に来ました。

誰もいない家々の間に、打ち捨てられた野外礼拝所を見つけました。

宿の正面にあった礼拝所と同じく巨石を組んで作られたものですが、こちらは荒れ果てて、祭壇を蟻が這い、地面は(なら)されておらず、石と砂が入りまじっています。

片隅には掃除場がありますが、(ほうき)やバケツの類は散乱し、錆びた蛇口の下の排水口の金網からは雑草が生えているという有り様。

テスは廃墟の屋根を下り、巨石の間に身を潜ませました。枯れた(いばら)の茶色い(つる)が巨石に絡みついています。
それらの蔓の下に、何か文字が彫られていました。

テスは棘に気をつけながら、茨の蔓を掻き分け、それを読みました。

『死者の礼拝所』
テス!!
テスは慌てて体を小さく屈めました。
テス! 聞こえてるなら出て来てくれ! 何もしないから!
落ち着け。俺が張った結界は外からの侵入を防ぐだけじゃない。わかってるだろう。出ようとすれば必ず引っかかる。
それはそうだけど、痛い目に遭わせたくないんだよ。かわいそうじゃないか。
何をバカなこと言ってるんだ! こんなことになったのはお前の責任だぞ。お前が奴をこの街に(かつ)ぎ込んだんだろうが!
じゃあ何だよ! 殺せばよかったとでも言いたいのかよ!
二人は口喧嘩をしながら遠ざかっていきました。

…………

(ティルカ、ごめんな……)

それでも、この街に留まって、アルネカのために働くことはできません。

(それより結界をどうしよう。

俺一人通り抜けるくらいなら、俺の力でどうにかなるだろうか。

彼らは街の外まで追ってくるだろうか)

ヤトとティルカが十分に遠ざかり、動きだそうとしたテスは、風の唸りに身を(すく)めました。

足音もなく、衣擦(きぬず)れの音もないけれど、確かに濃密な気配が礼拝所に入ってきました。

気配は、テスが背を預ける巨石の向こう、祭壇の前に留まります。

低い男の声で、気配は何かを呟き始めました。
テスは突然、正体を悟りました。
死者です。
自分の心に愛がないことを知りながら、あるふりをして嘘をついてきました。
ここが死者のための礼拝所なら、死者のほかに祈る者はいないのです。

教会は家族を愛せよと説きます。しかし私は遠く離れた家族を愛せません。

なので、私は父母兄弟を、既に死んだと皆に語りました。

そのことを、神よ、あなたのほかに誰にも打ち明けられなかった。

打ち明ければ、教会は私を相応しくない存在と見做(みな)すと思い、恐れたのです。

呼吸の音は聞こえません。

代わりに風が、巨石の間を吹き抜けてすすり泣きます。

そして、ついぞ私の親が死んだとの知らせを受けたとき、一度でも親族と顔を合わせるべきか、私はあなたに尋ねました。
声は途切れました。ですが、気配は残っています。
そのまま、もう話そうとはしません。
テスは口を開き、そっと尋ねました。
答えはあったのか?

いいや……。

神はお答えにならなかった。

強い風が、声と共に、テスが身を隠す巨石にぶつかりました。
ついぞ、答えはなかった……。

気配が急に消えました。

テスは両膝をついた姿勢のまま、祭壇の前の様子を窺いました。

無人です。

鳥の幻影が曇天の下を過ぎ去り、そのときテスは、この街に本当に鳥がいないことを理解しました。

テスは立ち上がり、祭壇の前に出ていきました。

テスには神を感じられません。

死者が行くべき場所も、その道筋も、この街には見つけられません。

目を閉ざします。

様々な濃淡の灰色と朱色の雲を視界から閉め出して、赤く晴れた空を思います。

左手を高く上げ、人差し指にその赤さを集めます。

腕を振り下ろし、天に記憶を投げ放ちます。

光を感じました。

鳥の行く先、死者の魂の行く先を示すもの。

目を開けます。
雲が丸く割れています。その割れ目が大きくなっていきます。
!!
やがて雲の向こうに現れたのは、死者の行く先などではありませんでした。
……真っ黒い太陽。

心臓が収縮し、背筋に悪寒が走ります。顔がカッと熱くなります。

小さな物が揺れ動く、カタカタという軽い音がしました。

テスは目を空から音の発生源、野外礼拝所の掃除場へと向けました。

排水口から黒い水が逆流し、金網を揺らしていました。水は溢れて広がり、散乱する箒、バケツ、倒れたゴミ箱に触れていきます。

恐怖の波動がテスを打ちました。

街のほうから混乱した騒ぎが聞こえ、自分のもとに駆けつけてくる足音を聞いたときにはもう、身を隠す余裕はありませんでした。

やめろ!

テス! 何やってるんだ!

ティルカ、そしてヤト。

その叫びと足音をかき消して、アルネカの声が、まるで間近にいるかのように精神を打ちました。

客人(まれびと)を殺しなさい!
―つづく―
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