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文字数 2,136文字
サラと出会った池まで来てみると、晴れた今、海に向かって落ち込む崖と、きらめく海とが見えました。
サラによれば、崖の下の道は地元の人間にしか知られておらず、辿っていけば小さな港町に着くとのこと。
テスは遠くに行きます。自分でもわからないほど遠くへ。
でもサラは違います。
この村の、酷い家族と家庭に留まります。
テスはそれが痛ましく、悔しくさえありました。
サラは辛いでしょうが、テスにできることはありません。
そう祈ることしかできません。
もう一度ここに来ることがあるだろうかとテスは自問しましたが、その可能性はないか、限りなく低いと思われました。
でも、それをはっきり告げるのは、サラに対しても自分に対しても残酷でした。
定住という考えが思い浮かんだのです。
自分が言葉つかいであるとか。
だからどんな危険が降りかかるかわからないとか。
追われているとか。
もう何人も人を殺したとか。
もともとこの世界の人間ではないとか。
記憶がないとか。
そういうしがらみがすべて消えて。
屋根の下に住んで。
ひっそり暮らしていけるだけの、ささやかな労働をして。
素敵な異性が待つ家に帰る。
サラの目に失意が影を落とします。
どこか近くでエンジンが音を立て、タイヤが荒れ野を踏みつけています。
こちらにやってきます。
サラをつれて逃げることはできません。
何よりもう、逃げることが正しいことだとは思えませんでした。
ジープはまっすぐテスに向かってきます。
サラは動きません。それか動けないのでしょう。
ジープがテスとサラの前で、二十歩程度の距離を挟んで停まりました。
一人は赤毛の言葉つかい。
もう一人はジュンハでした。
憎悪の光に貫かれながら、テスはサラの体の前に右腕をかざしました。
ジュンハはまっすぐテスを見据えて、テスにかける言葉を探しています。
言葉の力を撃ちだすこの世界の銃に右手が添えられています。
その右腕の
だが、言うことを聞こうとしませんでした。
銃を持つジュンハの手がぴくりと震えます。
テスの胸は早鐘を打ち、血が巡り始めました。
体が熱くなっていきます。
最悪だ、とテスは悔やみます。
やはり、一刻も早く遠くに逃げ去るべきだったと。
池の畔でサラに声をかけられたとき、振り切って去るべきだったのだと。
身震いがサラを襲い、彼女は首を横に振ります。
そして。
ジュンハの右手が動いた瞬間、テスは動きました。
サラの首に腕を回して大地に倒れ込みます。
サラの上にテスが覆いかぶさり、二人の上を熱い火の塊のようなものが掠めていきました。
テスが膝立ちになったとき、ジュンハの右肘と右手首は、赤毛の言葉つかいの男の両手に握られていました。
そう判断し、テスは海へつながる崖へと一直線に走り出しました。
倒れたままのサラを残して。
テスは走りながら振り向きました。
テスを追うのはジュンハ一人。
その後ろに、ジープと、荒れ野に座り込むサラ、そしてサラに寄り添う赤毛の姿が見えました。
サラはなお叫びます。
その声だけが聞こえてきます。