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文字数 2,087文字

テスは人目を忍んで死者の町を出ていきました。

町の外、雲が敷き詰められた黄色い空を渡る鳥はなく、赤土の荒野で餌をついばむ鳥もいません。

道らしきものが地平線まで延びていました。

化生(けしょう)を防ぐ結界である杭と、古い(わだち)の跡によって、かろうじて道とわかる道です。

黒い山の裾野に来て、テスは足を止めました。

木の柵で囲まれた敷地があり、そこに石版が散乱していました。敷地の入り口には石碑が建っています。

その石版を注視したテスは……。

……!

……すぐに、それが墓石であることに気付きました。

どうやらここは掘り返された墓のようです。

土の色が敷地の外の土の色と変わりないので、決してつい最近の出来事ではないことがわかります。

石碑に歩み寄ると、台座にこう記されていました。
裏切り者の墓
その下に小さく、
不自然なる死によって先に逃亡した者のための
(これは……)
これは、つまり。
(……自殺者……ということか……)
この世界が嫌で嫌で、死によって逃れようとした人は、裏切り者として弔われるのです。
キユは。
裏通りで体を売らされていたあの少女は。
それでも優しい心を失わなかったあの少女は。
何があっても我慢できる、と言ったあの少女は。

「消えてしまいたいのか?」と聞かれ、「もう少し生きる」、と答えたあの少女は。

かつて。

自ら命を絶ったのです。
(…………キユ……。どうしてなんだ…………?)
(どうして……どうして…………)
緑青(ろくしょう)に錆び付いた銅板には、石か何かで乱暴に文字が彫り込まれていました。
私のティエンはどこだ?

それが、文字を刻みつけた人物の妻なのか、恋人なのか、娘なのかはわかりません。
ですが、墓を掘り起こした男の目当てはそれだったのでしょう。
そして、その復活をかけて、死者を蘇らせたのでしょう。

きっと、その『悪い言葉つかい』は。

複数人の足音が近付いてきて、取り囲むようにテスの後ろに立ちました。

どういう人たちで、何の用件なのかはわかっていました。

テスはゆっくり振り向きます。

昨日テスを殴った男たちが、三人、真後ろにいました。
四人目の人物が彼らの後ろから歩いてきて、男たちはその人物のために道を開けました。
その人物を目の当たりにし、テスは呼吸を止めて体を(こわ)ばらせました。
キシャ。

船で出会った、あの痩せぎすの、赤毛の女でした。

今は『亡国記』を持っていません。

ええ!?

キシャなんて名前じゃないわよ。寝ぼけてんの!?

この世界における銃を抜きました。

言葉を撃ち出すカートリッジ式の銃で、テスが持つ物理銃より大型です。

ところでこの墓に何の用? 言葉つかい。

殺気で空気をぴりぴりさせながら女が尋ねました。

テスが死者の蘇生を企んでいると誤解しているのかもしれません。

船で会ったな。
あー、その節はご親切にどーも。

でも、それを理由に見逃してやるなんてことはないよ。

あたしたちは善い言葉つかいも悪い言葉つかいも殺すからね。

どうして言葉つかいを憎むんだ? 俺は何もしない。
信用できるかよ。
人を食う化生と戦うのに、言葉つかいが必要なはず。
あたしたちには銃がある。お前たちなどこの世界に必要ない。
ネサル、そろそろ……。

ネサルというのが彼女の本当の名前みたいです。

ネサルが銃口を上げましたが、それが自分を狙っていないことにテスはすぐ気付きました。
恨みのこもった感情の塊が、テスから見て左端に立つ男の耳の横と、そしてテスの左横を(かす)め、飛んでいきました。
悲鳴を上げて尻餅をつく男をネサルが蹴飛ばしました。

お前らは帰ってな! 後でこいつの死体運びをさせてやるよ!

三人の男たちは前のめりになって逃げていきました。
ネサルは銃口を下げました。

ホルスターから新しいカートリッジを出し、今銃に付いているものと手際よく付け替えます。
そして病的な上機嫌さで鼻歌を歌いはじめました。

ありがとう。あんたのお陰で、あたし知らない間に手柄を立てちゃった。
何のことだ?
あんた、あの船で、言葉つかいを殺したね。

……。

ああ。

あいつはね、陸に着いたら仲間を呼んで殺すつもりでいたの。

でもあんたが証拠を残さずにやってくれた。どーも。手柄はもらうよ。

それで、今度は俺を殺すのか?
そう。
俺は言葉つかいの協会には入っていない。

わかってないね。

これは連中の協会と新生アースフィア党の派閥争いじゃないのよ。

あんたが言葉つかいだから殺すの。

どうして。
言葉つかいの存在は危険だからって言ってるでしょ!? 頭悪いな!!!
そんなのは建て前だ。
本当の理由は?
付け替え作業を終えたネサルが銃を両手に持ち直し、テスを睨みました。

鬱陶しいなあ!

あのさ、あんたたちの存在も、力も、わけがわかんないのよ!

わけわかんない奴らにいられたくないわけ!

お前、気持ち悪いんだよ!

ゴキブリだって殺すでしょ!?

気持ち悪い奴は排除していいんだよ!

そんなのは間違ってる!
何? まさかの正義漢気取り? 笑っちゃうんですけど!

銃口がテスを向きました。

テスは真横に倒れこみ、地面を転がって射線を避けます。
遅れてネサルが叫び、引き金を引きました。

くたばりな、『テス』!
―つづく―
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