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文字数 3,321文字
翌日は、霧が少し出ていました。
起きて外を見ていたテスは、霧を割って現れて、野外礼拝所に吸い込まれていく痩せた人影を見つけ、興味を持って宿を抜け出しました。
気配を消して第一礼拝所に滑り込みます。
野外礼拝所に一人立つのは、リーユーでした。
テスは二つの巨石の間に身を隠し、片膝をついて背を石に預け、そっと覗き見ます。
リーユーは半ば呆然とした様子で祭壇の前に立っていましたが、耐えかねるように両膝をつき、両手を組みました。
素早く息を吸い込みます。
ニハイは勤勉ではなく、知性に劣り、私がどれほど努力してアルネカ様に気に入られようとしても、彼女が台無しにします。
ニハイはどこかおかしいのです。人として必要なものが生まれつき欠けています。彼女は私の
そのうちに、霧が晴れ、街が起き始めました。
時計も時を告げる鐘もないのに、街の人々がどのように時を知るのか不思議です。
ティルカが迎えに来るはずだと思い、テスは待ちました。
やがて誰かが宿を訪ね、階段を上がってきて、テスの部屋の戸を叩きました。
戸を開けます。
ティルカではなく、少女が立っていました。
ニハイは決してリーユーが言うように不細工ではありません。純粋そうな少女です。
身を翻し、階段を下りていきます。
テスは部屋の戸を閉めて、籠を床に置きました。
服を出してみると、それは石鹸の匂いを放ち、汚れも可能な限り落とされて、破れたところも繕われていました。
テスは呼吸を止めて窓を振り向きました。
不変の夕空、曇天、そこに鳥の姿はありません。
窓を開け放とうとしたテスは、窓の下に
宿の戸が開いて、ニハイが出てきた。
テスは二人の様子を見守りました。
リーユーは何やらぶつくさ言った後、ニハイの足首を蹴って街の中枢へと歩きだしました。
彼は早足、かつ大股で歩くので、後ろのニハイはついていくのが精一杯。
一緒に歩くだけで恥になる、とリーユーは言っていました。
ニハイの子供っぽい顔つきを思うと、テスは
ニハイの成長を阻害しているのは、家族であるリーユーの態度でしょう。
ニハイが家族愛の幻想を失わずにいるためには、子供のままでいるしかありません。
誰かが罪悪感と自己否定感を彼女の中から取り除いてやったとしても、リーユーは新たにそれを植え付けます。
リーユーはそうしておきながら、自分こそがニハイの被害者だと主張します。
でも彼も、そうするしかないのでしょう。
彼もまた、好きで妹を憎んでいるわけではなく、そうするしかないのでしょう。
テスは服を着替え、一階に下りました。
一階では、管理人の白髪の老人がはたきを手に玄関口をうろついていました。
彼はテスを見ようとせぬまま、嫌そうな顔をしました。
テスは足を止め、老人に声をかけました。
老人がティルカにせかせか歩み寄ります。
ティルカは戸口で老人に何かを囁きました。テスはティルカの唇を読みました。
老人は背を向けているので唇を読めませんでした。
そのうち、一階の廊下の奥に引っ込んでいきました。
二人は連れだって外に出ました。
中枢への短い距離を歩く間、テスはそっと尋ねました。
門の中で、昨日と同じようにヤトに会いました。
ヤトは門の中の詰め所に入るようテスに言い、自分は詰め所の外でティルカと二人で話をしました。
少しして、戸が開いて、ティルカが詰め所に顔を覗かせました。
ヤトは唇をきつく結び、腕組みし、部屋の奥のテスから距離を置いて、入り口近くの椅子に腰掛けました。
不機嫌な重い沈黙を、ヤトが放ちます。
テスはヤトから目をそらしません。
そうして、回答を諦めずにいることをわからせると、ヤトは目を合わせてきました。
鳥の影を見たことは、言わずにおくほうが良さそうです。
ヤトの答えで十分に目的は果たされました。
ここに探しものはない。
そうわかったのですから。
ティルカがまた顔を覗かせました。
座ったまま見上げるテスの目に何を感じたのか、ティルカの笑みが薄らぎます。
その目に孤独が宿ります。
テスの視線の力でティルカの瞳に照射された、テスの孤独です。
ティルカはまたすぐ微笑みました。
ヤトとティルカが視線を交わしました。
ティルカが詰め所のドアを開け、暗い城門内の通路を挟んだ反対の壁を指しました。
そこにも板戸がありました。
トイレは臭く、窓がなく、代わりに、石組みの便器の上に換気用の穴がありました。
テスは大気をまとって飛び上がり、灰色の石壁を蹴ります。
壁の冷気を靴越しに感じながら、左手を高く伸ばします。
埃のこびりつく穴の縁に手をかけ、体を持ち上げます。
上半身を四角い穴に滑り込ませ、膝を穴の縁に乗せ、ついぞ全身を換気孔に引き込みました。
……逃げるのです。