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文字数 3,223文字
近くの席に座り、明るくも投げ
若い父親のようで、幼い女の子がその男にもたれかかって寝ています。
そこまで聞いて、テスはサロンの奥へと移動を始めました。
親子の横を通り抜けるとき、娘が目を覚ましました。
悪い言葉つかいを狩る、協会に属さない善い言葉つかいも協力していると聞きました。
傭兵団みたいなものもあると。
私はそっちの道で生きていきますよ。
善い言葉つかいたちが、私が党員だったときにしたことを許してくれるといいのですが……
…………ん?
テスは、船のおもちゃを掲げて走り回っている男の子とすれ違いながらサロンの突き当りにたどり着きました。
奥の席には二組の夫婦が向かい合って座っています。
サロンの奥は、オープンデッキに通じる二重扉になっています。
二組の夫婦の会話を聞くともなしに聞きながら、テスは内扉を開けました。
風や機関車の煙がサロンに入らぬよう、内扉をきちんと閉め切ってから外扉を開けます。
体感気温がぐっと下がりました。
裂かれた大気がテスの両脇で唸りをあげています。
赤い大地、黒い線路、なだらかな山々が、遠ざかっていきます。
テスは夕闇に顔を染めながら、赤い空をぼんやり見あげました。
そうすれば、空の本当の色が見える気がしたのです。
夕闇の奥に青空が潜んでいるのではないか。
何か潜むものはないか。
それでも。
善きものは何も感じ取れず、空はただテスの凝視を受けて、気怠げな、胡散臭そうな気配を送り返すばかりです。
扉の近くにいたのは、二組の夫婦でした。
内扉には窓がついていないので中の様子は見えませんが、甲高い声で
新生アースフィア党の執行部員だったという男が連れていた少女です。
外扉についた窓から差し込む夕日が、幼い顔を染めあげます。
少女は胸に、革表紙の大判の書物を抱いています。
キシャは外扉と内扉の間の短い通路に入ってきて、内扉を閉めました。
内扉が、差し込む西日によって、外扉の窓の形に四角く色付きます。
その四角形の中に、テスの真っ黒い影が映ります。
キシャが右手の指で空中に何度も円を描き、歯車の回る動作を示しました。
カチリ、カチリという空耳が、テスの頭に聞こえました。
冷静な口調で遮られ、テスは口をつぐみました。
内扉の向こうから、新生アースフィアを抜けた男の声が聞こえます。
何か黒いものが、無意識に高く上げたテスの感受性のアンテナに引っかかりました。
音がしたわけでも、影が動いたわけでもありません。
それでもテスは、『それ』が来る方向を正しく見ました。
外扉の窓の向こう、
オープンデッキの向こう、
黒い線路、
死して横たわる荒野の向こう、
置き去りにされて遠ざかりつつある峻険な山々の二つの峰の間。
黒く立ち上る影がありました。
影は峰と峰の間の谷間に水のように広がりました。
そのまま
影が山を覆います。
テスは外扉を開け放ちます。
乾いた風と土埃、そして黒煙の臭いが通路に入ってきました。
影は黒く平たく大地に広がり、海のように迫ってきます。
線路はもちろん、言葉つかいが建てた結界の柱さえ、その黒さがひとたび触れれば腐ったようにくずおれていきます。
影は急いでいるような気配を発してはいないのに、この機関車よりずっと速く迫り来ます。
地平線の端に見えていたそれは、今もう、地平線とこの機関車との距離のちょうど中間あたりまで来ています。