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文字数 1,462文字

結構な距離と高低差があったのですが、テスの一撃はジュンハの首を正確に撃ちぬいていました。

テスはそのことに、つい安堵してしまったのです。

弾が当たった場所が首だったことに。

ジュンハの顔がきれいに残ったことに。

荒磯(ありそ)で、テスは自分が殺した男の亡骸に寄り添います。

仰向けに寝かせ、目を閉じさせ、服の襟を立てて(むご)い傷痕を隠します。

波が石を洗います。

石が音を立てています。

カラカラと。

カラカラと……。

そういえば、追っ手がもう一人いたことを思い出しました。
…………。
テスは顔を上げず、血で汚れたジュンハの服の胸のあたりを見つめます。
……安心しろ、殺しやしないさ。
だったら何をしに来たんだ? ジュンハに雇われてたんだろう。

俺が引き受けたのはお前の追跡と、化生(けしょう)からの護衛だ。

暗殺は契約内容に含まれてないんでね。

他の言葉つかいたちは俺を殺そうとした。
そのときはまだ資金があったんだろ? 誰もやりたくない仕事を頼むのは金がかかるからな。
ジュンハはテス一人のためにかなりの額をつぎ込んだようです。
娘の学資としてため込んでた金だったそうだ。
………………。
で、お前はこれからどうするつもりだ?
放っておいてくれ。
いいのか? 正義感に駆られた連中がお前のことを探し回るぜ?
お前には関係ないだろう。

放っておいたらそいつらとも殺し合いになるだろう。

それともどうする? 南部に戻って協会の奴らと仲良しになるつもりか?

そうする以外に、これ以上どこをさまようつもりなんだ?

もう俺に構わないでくれ!!!
……。
………………。

俺がお前の追跡を引き受けたのは、どういう奴か興味があったからさ。

外道(げどう)なら殺すつもりだった。

……殺せ…………殺してくれ。

は?

やなこった。

俺は生きていたってロクなことをしない。

いいや。あのとき俺と俺のツレの命を救ったのはお前だ。

これも事実だろ?

………………。
お前、追われてるだろ。南部じゃ有名だぜ?
北部にいたって俺は追われる。許されはしない。
いや、だからさ――
赤毛は、近くに転がる平たい石に腰を下ろしました。

――なあ、ところで俺は記憶をなくした状態でこの世界に落ちてきたんだ。

ツレと一緒にな。

それから記憶を取り戻す手掛かりを探してる。

あんたも似たようなもんじゃないのか?

………………
……『落ちてきた』。

って、みんな言うんだな。示し合わせたわけでもないのに。

みんなそう感じるんだ。『落ちてきた』って。

そう感じる理由はなんだ?

もともと高いところにいたのか?

前はもっといいところにいたのか?

知るかよ。

だから行動しなきゃいけないんだろ? 知るために。

お前は俺と一緒に来い。

どうして俺を連れていこうとするんだ?

そんなことをしたって、いいことは何もないだろう。

………………。

……なんとなく……なんとなくだけど、俺はあんたを知ってる気がするんだ。

記憶を失う前に知ってたような気がする。

だからこんなに構うんだ。あんたは俺にとって記憶を取り戻す手掛かりかもしれない。

理由はそれさ。

親切心からってよりは信用できるだろ?

この男の言うことももっともです。

テスにだって行くあてがあるわけではありません。

それに、何となくですが、話していると何故だか安心できるのです。

この男は嘘をついていないとわかるのです。

……立てよ。

一緒に行こうぜ。俺はミスリル。

俺はテス。
本名じゃないな。
サラから聞いたのか?
……。
…………マリステス。
よし。じゃ、とりあえずジュンハを埋葬してやろうぜ?
立ち上がるミスリルにつられるように、テスも腰を上げました。
―つづく―
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