1-4

文字数 2,394文字

昔……

地球人は己に似せて言語生命体を創造した。

創造主として言語生命体の上に君臨することで、神になろうとしたんだ。

けれど、統治にも飽きて、自転を止めた時空の辺境の異星・アースフィアに棄てた。

更には地球環境化したアースフィアを『天球儀』と呼ばれる建造物ですっぽり包み込み、

空を飛ぶ技術を失わせることで、言語生命体をアースフィアから出ていけなくした――。

……この時空のアースフィアの空には天球儀が見えない。

アースフィア全体を包むのだから、どこにいても見えないはずはないけれど……。

天球儀がない……のか?
いずれわかる。
……。
二人は戦いのあとを背に、廊下を進んでいきます。

キシャ、どうしてこの世界はこれほどまでに壊れたんだ?

飽きたから。
千年の昼。千年の夜。言語生命体たちは、アースフィアの不変の空を憎んだ。
空の色を塗りたい。塗りたい塗りたい塗りたい塗りたい塗りたい。
不変の夕闇が、二人を西日の色で塗ります――

言語生命体たちは、言葉の力で世界を壊し始めた。

()み飽きた世界は滅ぶ。それは、創造主ですら予期しなかった言語生命体の反逆。

かつて、地球人も地球を破壊した。汚染。破壊。改造。汚染。破壊。改造。汚染。破壊。改造。

でもそれは必然だった。正常な進化と進歩の歴史の中で起きるべくして起きたこと。言語生命体たちがアースフィアに対してしたような、根源の否定に基くものではなかった。

『自分が存在していたくない』という類の願いによるものではなかったんだ。

(自分が存在していたくない……)
言語生命体は、種族として地球人に勝利していた。
己を卑しきもの、無価値なものとさだめることで、そのような『失敗作』を作りたもうた『神』の完全性を否定し、『神』すなわち『神になろうとした地球人』に勝利した。

だけど、誰もその勝利に気付かなかった。

勝利を認めようとしなかった。

それはあまりに卑屈で惨めな勝利だから――

…………………………………………。

――おい。

おまえ起きてるのか?

起きてるし聞いてる。

行く先で、テラスの扉がぎいぃっ、と、ひとりでに開きました。

夕日の中へと二人は出ていきます。

黒い長い影が、二人の体から流れ出てきます。

霧は晴れていました。

風が吹いています。

テスは腕を抱きます。

凍えるほど寒いのです。

テスだけが。

どこにいようとも。

ところでおまえ、その銃はどこで手に入れた?

それ、『物理銃』だろう。

言葉じゃなくて鉛の弾を撃ちだすやつだ。

外の世界(パラレルワールド)から持ち込んだものだな。

純粋な物理銃じゃない。弾がいくらでもに出るから。
便利。
どうして俺を試した?

石造りのテラスを風が渡っていきます。

キシャの金色の瞳がまっすぐテスの目を見返しました。

お前は化生(けしょう)がいることを知ってたな。

知ってて教会で施しを受けろと言った。何故だ?

おまえの程度を知りたかったのさ。

おまえ、本当に一週間でその能力を? 大した『言葉つかい』だ。

使える『言葉』は大気だけだ……大気との同調の仕方はわかる。最初からわかってた。

でも、どうしてわかるかわからない。

それが資質ってもんだよ。それか……

かつて鳥だったことがあるか、だ。ヒトという言葉を得る前。

そこにいるのは誰だ。

足許から男の声がした。

テスはすばやく目を走らせますが、自分とキシャの他には誰もいません。

誰だ、お前は。

いました。

砕け、めくれあがった石床です。

石床は言葉を続けました。

こいつを連れてきたのはお前か? キシャ。

宿を借りたかった。

でも、無理そうだな。

別に勝手に借りればいい。ほら、こいつらは物質化しすぎてるだろ。

さっきみたいな化生にはなれない。

安全だ。

やめておく。

キシャが石を蹴りました。

それきり石は喋らなくなりました。

化生は…………

化生がかき集めた色彩(きおく)は………………

どこにいったんだ?

死んでしまった色彩たちは、色彩の地獄に落ちた。

おまえが落とした。

もういないよ。

キシャが空を()しました。
頭上の空は黄色。湿原の果てに向かって赤くなります。

世界の色彩が死ねば死ぬほど、空が赤く濃くなっていく。

見ててごらん……いずれわかる。

今日は見えるな。ここからなら。

キシャの白くほっそりした指が、空をなぞります。

その軌跡を辿って、テスは目を動かしました。

湿原の果ての稜線(りょうせん)に目を凝らし、息を止めました。
黒い渦が、空に丸く(わだかま)っています。
――闇。
………………!!!
キシャが、絶望を教えます。
太陽。
テスは無意識の内に、両手でマントの前を合わせました。
どうして……。
堕ちたんだよ。この世界では、言葉が望むなら、太陽までもが堕落する。
……誰がそんなことを望んだんだ。
おまえ、寒そうだね
キシャは、どうやらこの質問に答えてくれないみたいです。

テスは丸い闇から目が離せませんでした。

世界の陥穽(かんせい)

崩壊の象徴。

その黒い太陽は、虚無とは違いました。

どこか邪悪な気配がありました。

しかもその気配は、テスを見つめ返しているのです。

テスは神殿を後にしました。通りを行き、広場を過ぎ、村を囲む柵を越え――

見張り塔の下で、勢いよく振り向きました。
どうしてまだついて来る。
おまえが気に入ったから。
それに、一人でいるのも飽きた。
テスは困ったような顔をしましたが、拒否はしませんでした。

二人は舗道を歩きます。

荒れた舗道です。

沼に出ます。

テスははじめて気付きます。

石となり、泥にまみれて岸に転がる鳥たちに。

その無音の嘆きに。

誰が、または如何(いか)なる現象が、鳥たちにこの運命を与えたのでしょう。

テスは鳥たちを見ます。

封じられた透明な霊を。

悲しき霊を己の瞳のなかへ招き、飛ばします。

視界に入る全ての鳥の魂を瞳に吸いこんで、空っぽの心に入れ、軽くしかし絶対の守護と拘束の扉を閉ざします。

テスは心を閉ざします。

(かんぬき)をかけ、鍵をします。

暗き鍵。

がしゃん。
―つづく―
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色