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文字数 1,479文字
食堂を出た先はサロンになっていました。
あちこちで、小ぎれいな身なりの人々が、ローテーブルを囲んでソファに体を沈めています。
大抵は静かな声で会話を楽しんでいるのですが、一組、やたらと大声で盛り上がっている一団がありました。
六人の集団で、うち二人がチェスをしており、生え際の後退し始めた男がしきりに対戦相手に愛想笑いをしながら頭を掻いていました。
テスはチェスをしたことがなく、ルールも知りません。
なので勝負の状況は全くわかりませんが、小男の対戦相手である四十がらみの男が必ず勝つことは確信できました。
その相手は高級そうな生地のチュニックに身を包んだ偉丈夫で、足を広げてどっしり座っています。チェス盤を見てにやにや笑っており、
通り過ぎるとき、テスが肩を貸す赤毛の女の手がチェスの駒に当たり、何本か倒しました。
剣呑な声に呼び止められ、振り返ったテスは、はじめて絨毯に転がる駒に気が付き、呼び止められた理由を悟りました。
女は、意識はあるけどぐったりし、なりゆき任せに黙っています。
いきり立つ男に、テスは静かに告げました。
サロンの人々は、実に何気ない様子で会話を切り上げ、偽りの和やかさをまとってサロンから出ていこうとしていました。
テスもまた、チェスの一団に背を向けました。
テスの後頭部に、チェス盤が投げつけられました。
チェス盤は大気のクッションに受け止められ、テスの頭の真後ろで静止しました。
テスは足を止め、もう一度振り向きました。その足のすぐ後ろに、チェス盤が落ちました。
サロンに口を利く人はなく、静まり返っています。
柱時計が静かに振り子の音を立てています。
一団の中心人物らしき、チェスをしていた男が言葉を放ちました。
一団のうちの一人がわざとらしく唸りました。
中心人物が立ち上がると、その男は黙りました。
テスはできるだけ申し訳なさそうに見えるように、男の目を見返しました。
男も、船内でことを起こすつもりはないようです。
「ふん」と鼻を鳴らしました。
ただ一度浅く頷いて、テスは男に背を向けました。
サロンから出るとき、背中に男の声がぶつかりました。
テスは、今度は振り向きませんでした。
―つづく―