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文字数 2,068文字

港町から船に乗り、テスは旅を続けました。

船旅もそろそろ二日目が終わります。

テスは二等客室、一等客室の別なく使われる食堂に向かいました。

食券を入り口で渡し、トレイと皿を取りました。

温かい紅茶。温かいスープ。温かい子羊の肉を一切れと、温野菜、焼きたてで温かいパン。

それらを少量ずつトレイに乗せ、空いている席を探します。

大テーブルの端の、酔った女の隣が空いていました。
………………。
テスが席に座ると、隣の女が、なんとなぁ~く恨みがましい目を向けてきました。
お兄さん、ごはんそれだけぇ??
女は痩せぎすで、血色が悪く、いかにも猜疑心(さいぎしん)の強そうな、怨念のこもった目をしていました。
ああ。

食べなきゃもったいないわよぉ。

どうせ食券一枚でいくらでも食べられるんだから。

声はひどいがらがら声で、息は強烈に酒臭く、周りにはいくつも(から)の酒瓶がありました。

お酒は追加料金がかかるはずです。

この女性、随分と羽振りがよさそうです。

ですが、幸せそうではありません。

料理の皿もてんこ盛りですが、せいぜい二口か三口くらいしか食べていないみたいです。

食べきれないほどの量を欲しがるのは、戒律で禁じられているんだ。
当てつけ!?
???

当てつけでしょ、今の!!

あたしの皿を見て言ったでしょ!!!

違……
ただ、たくさん食べるんだなって思っただけだ。
あたしのこと太ってるって言いたいの!?!?!?
どうも面倒なことになってしまったみたいです。
クスクス……

見ろよ、新顔がメンヘラを怒らせたぜ?

同じテーブルの他の客たちは、テスと赤毛の女を笑いものにしています。

それも違う。

そういうつもりじゃなかったんだ。

口の利きかたに気をつけたら?
でも別にいいもんね。食べたらすぐ戻すから、太らないし。

戻すって?

吐くっていう意味か?

他にどういう意味があるって言うのよ。

笑ったと思ったらすぐに怒ります。

しかも、なにで怒るかわかりません。

どんな意味があるのよ?

ねえ、ほら、言ってごらんなさいよ。

………………。

はあ……あんたに絡んでもしょうがないか。

頭が悪くてわかんないみたいだし。

教えてあげるけどね、かわいいボクちゃん、あんたが食べても食べなくっても、あの料理は全部、全部、ぜーんぶ、作りすぎで捨てられるだけなのよ。

無駄なの。あんたが戒律とやらを守ろうが破ろうが、意味ないわけ。

わかる?

あー、もったいない!

と、テスの反応を待ちます。
怒ったの?
別に。
怒ってるじゃん。ねえ、怒ってるの? 怒ってんでしょ? なんで怒ってんの?
あたしホントのこと言っただけだし、なんにも悪くないよねぇ? ねぇ??

怒ってはいない。

困ってるだけだ。

困ってる? へぇ~。

そよねぇ~。

あんたもかわいそうにねぇー。あたしみたいなのの相手させられてねぇー。

ヒソヒソ……(うっわぁー、あのメンヘラ超ウケるんですけどヤバくなぁい?)
ヒソヒソ……(てかあの新顔マジで固まってるし。ホントに頭悪いんじゃねぇの?)
嫌なんでしょ。
何が。
あたしの話し相手させられてさ。

あの客たちのヒソヒソ話は赤毛の女にも聞こえているはずです。

聞こえよがしに言っているのです。

テスにはこの心を病んだ女よりも、あの客たちのほうがよっぽど嫌でした。

俺は、ただ……。
「ただ食事中に喋るのがあまり好きじゃないんだ」、と言いたかったのですが……。
トロい! おまえ、喋るのがトロいんだよ! それとも何か都合が悪いから黙ってんの? えっ!?
ヒソヒソ……(うはっ! トロいだってぇ!)
ヒソヒソ……(的確ぅ!)
テスはすっかり嫌になって、椅子を引いて立ち上がりました。
どこ行くんだよ。
ここにはいられない。
逃げる気?
女はテスの服を掴んで引っ張りました。
あたしが嫌なの? ねえ、逃げるの? 自分だけ逃げるの? あたしを置いていく気?
とにかく、ここにはいられないんだ。
あたしが嫌だからでしょ!?

なによ!!!

あたしといるのが、そんなに嫌なのぉ!?!?

女は甲高い声で絶叫し、ばたりと大テーブルに突っ伏しました。

失神したみたいに見えます。

でも、啜り泣いているので、意識はしっかりしています。

聞こえよがしの舌打ちや悪態が、冷たい視線と共に周囲から刺さります。

テスは腕を抱きました。

……寒い。

……大丈夫か?

背中に手を当てると、啜り泣く声が大きくなりましたが、返事はありません。

大きな花瓶の向こう側に座る初老の男が、年相応の深みの感じられぬ顔と声で言い放ちました。

兄ちゃんよぉ、そいつ、お前がどうにかしろよ。お前が泣かせたんだからな。
テスはそれに返事をせず、屈んで女の腕を自分の肩に回し、女の腰に自分の腕を回して立たせました。
歩けるか?
…………(コク)。

女は意外にも従順に頷きました。

負の感情を発散させ、ひとまず安定したようです。

ヒソヒソ……(うわぁ、おい、ホントに面倒見る気だぜ?)
ヒソヒソ……(優しすぎない?? ってかお持ち帰り?)
ヒソヒソ……(いらねー、あんな女!)

女の手首に客室の鍵が通されていました。

一等客室の客のようです。

テスは何も聞こえないふりをして、食堂をあとにしました。

―つづく―
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