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文字数 2,068文字
港町から船に乗り、テスは旅を続けました。
船旅もそろそろ二日目が終わります。
テスは二等客室、一等客室の別なく使われる食堂に向かいました。
食券を入り口で渡し、トレイと皿を取りました。
温かい紅茶。温かいスープ。温かい子羊の肉を一切れと、温野菜、焼きたてで温かいパン。
それらを少量ずつトレイに乗せ、空いている席を探します。
大テーブルの端の、酔った女の隣が空いていました。
テスが席に座ると、隣の女が、なんとなぁ~く恨みがましい目を向けてきました。
女は痩せぎすで、血色が悪く、いかにも猜疑心 の強そうな、怨念のこもった目をしていました。
声はひどいがらがら声で、息は強烈に酒臭く、周りにはいくつも
お酒は追加料金がかかるはずです。
この女性、随分と羽振りがよさそうです。
ですが、幸せそうではありません。
料理の皿もてんこ盛りですが、せいぜい二口か三口くらいしか食べていないみたいです。
どうも面倒なことになってしまったみたいです。
クスクス……
見ろよ、新顔がメンヘラを怒らせたぜ?
同じテーブルの他の客たちは、テスと赤毛の女を笑いものにしています。
笑ったと思ったらすぐに怒ります。
しかも、なにで怒るかわかりません。
と、テスの反応を待ちます。
ヒソヒソ……(うっわぁー、あのメンヘラ超ウケるんですけどヤバくなぁい?)
ヒソヒソ……(てかあの新顔マジで固まってるし。ホントに頭悪いんじゃねぇの?)
あの客たちのヒソヒソ話は赤毛の女にも聞こえているはずです。
聞こえよがしに言っているのです。
テスにはこの心を病んだ女よりも、あの客たちのほうがよっぽど嫌でした。
「ただ食事中に喋るのがあまり好きじゃないんだ」、と言いたかったのですが……。
ヒソヒソ……(うはっ! トロいだってぇ!)
ヒソヒソ……(的確ぅ!)
テスはすっかり嫌になって、椅子を引いて立ち上がりました。
女はテスの服を掴んで引っ張りました。
女は甲高い声で絶叫し、ばたりと大テーブルに突っ伏しました。
失神したみたいに見えます。
でも、啜り泣いているので、意識はしっかりしています。
聞こえよがしの舌打ちや悪態が、冷たい視線と共に周囲から刺さります。
テスは腕を抱きました。
……寒い。
背中に手を当てると、啜り泣く声が大きくなりましたが、返事はありません。
大きな花瓶の向こう側に座る初老の男が、年相応の深みの感じられぬ顔と声で言い放ちました。
兄ちゃんよぉ、そいつ、お前がどうにかしろよ。お前が泣かせたんだからな。
テスはそれに返事をせず、屈んで女の腕を自分の肩に回し、女の腰に自分の腕を回して立たせました。
女は意外にも従順に頷きました。
負の感情を発散させ、ひとまず安定したようです。
ヒソヒソ……(うわぁ、おい、ホントに面倒見る気だぜ?)
ヒソヒソ……(優しすぎない?? ってかお持ち帰り?)
ヒソヒソ……(いらねー、あんな女!)
女の手首に客室の鍵が通されていました。
一等客室の客のようです。
テスは何も聞こえないふりをして、食堂をあとにしました。
―つづく―