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文字数 2,015文字
テスは呼びかけながらも、
機関車と、広大な影のような形喰いとの距離は、その間にも縮まり続けています。
ため息に続くキシャの言葉と話しかたには、はぐらかすような気配があります。
テスは急にやるせない怒りと悲しみを感じました。
テスは銃を抜きます。
抜きながら身震いし、首を大きく左右に振りました。
形喰いは視界の限り黒く広がりながら押し寄せ、銃の射程範囲内に入りました。
テスの正面、つまり線路上、結界に守られていた直線上だけは進みが遅いことにテスは気付いていました。
結界も、全くの無力ではなく、進行を遅らせるだけの力はあるようです。
その不定系の黒い体の、線路に沿って突出した両側面が不意に持ち上がりました。
狭い門の両側の上端が、互いに反対側の上端を求めてじわじわとアーチ状に伸び、ついぞくっつきます。
結界の高さの上限で、黒い影は突如、二つの大きな牙の実体を見せました。
海獣の牙のようです。
象牙色の輝きを得て夕日を照り返します。
進路上の客車を嚙み砕かんと、牙が大きく反ります。
テスはその牙へと射撃を開始しました。
向かって左側にあるほうの牙に、弾丸が吸い込まれていきます。
一発、
三発、
五発、
七発、
九発、
十発。
十一発、
十五発、
二十発。
二十発撃って、射撃によって空中で動きを止めていた一対の牙は、ついにその左側を失いました。
砕けて影の中に落ちていきます。
せっかく実体がないのが強みなのに、実体によって喰うことにこだわる。
コンプレックスだよ。
実体だけあり自我がない彩喰いが、記憶を喰って自我を得ようとするのと同じだ。
あれは、どうしても、実体が欲しいんだ。
ところでおまえは怖くないのか?
機関車の加速に伴い、煙突から噴きあがる煙の量が、突然倍になったようです。
煙の臭いを一層強くテスは感じた。
警笛が響きます。
半月刀を、
大気の力を
遠く、山々を背景に、地平線から広大な麦畑が押し寄せてきました。
豊かに穂をつけ、頭を垂れる麦が、破壊された結界の痕を覆い尽くしていきます。
広がる麦畑を、影から立ち上る背の低い柵が食い止めます。
次に林が生じ、柵と麦畑を視界から遮ります。
三角屋根を持つ家。
畜舎。
長い煙突を持つ紡績工場。
家。
家。
家。
教会堂。
併設の施療院。
そして家。
家。
家。
牛乳配達員の自転車。
往来を気ままに歩く鶏。
恐怖の悲鳴が聞こえました。
それはレールの上を疾走する機関車の音、その警笛にかき消されながら、微かに、確かに聞こえました。