7-2

文字数 2,107文字

テスは教会堂の裏手へ回り、墓地と木立を駆け抜けて、村を囲む高い柵に手をかけます。よじ登り、内側へと身を投げ、着地。

村の通りは舗装もされておらず、赤土には深い轍の跡が残されていました。轍の跡に沿って、テスは村の奥へ走ります。

役場すらない、数十戸の漆喰の家が並ぶ小さな村でした。

(……なんで、あの七人に俺の居場所がわかったんだろう。この広い荒野で、何故?)
テスは身を隠せる場所を探します。

(言葉つかいの協会の奴らじゃなさそうだな。身なりが粗末だから。

機関車の乗客から依頼を受けたのか? 俺を殺せって?)

だとしたら、そんな依頼をする人物は一人しかいません。
テスに(サイア)を奪われた男、ジュンハです。
(じゃあ俺を追って来たのは、悪い言葉つかいを狩る善い言葉つかいか……)

今やテスは悪い言葉つかいです。

事情はどうあれ小さな女の子を誘拐し、死に追いやったのですから。

テスは家々の間を抜け、公衆浴場に行き着きました。

背後で地響きがし、後ろから大きな黒い影が被さってきました。

人の頭の形をした影が、テスの体越しに公衆浴場の壁に差し、屋根へと伸び上がりました。

砂のにおいが立ちこめます。

テスは後ろを振り向きます。

(……逃げられそうにないか)

巨人、というものを、テスはこの世界で何度か目にしてきました。

化生(けしょう)がとる姿にしろ、船上で出会った言葉つかいが操っていたものにしろ、人の形をしたものというのは再現しやすいのでしょう。

今テスの後ろにいるのもまた巨人で、それは鎧を纏っていました。

重装歩兵です。

夕日を映してテスの目を刺す磨き上げられた兜は、頭から首までを守る円筒形で、喉を覆う鎖帷子(くさりかたびら)の鈍い輝きが僅かに伺えます。

テスは口を小さく開け、手を目の上にかざしました。

巨人は村を囲む柵の外にいます。

二体、三体と、次々大地から沸き上がり、最終的に七体となりました。

柵を(また)ぎ越し、村に入ってきます。
………………。
(俺は悪い言葉つかい……。悪い、悪い、悪い……)

鎧を着込んだ巨人の膝と同じ高さに、村の二階建ての家屋の屋根があります。

巨人が歩く(たび)に、震動がテスの足の裏に伝わります。

巨人たちはテスを取り囲むように半円を描いて立ち、それぞれが前進を始めました。

二本の半月刀を抜いたテスは、巨人の群れへと左足を踏み込みます。

腰を右へ捻り、左手の半月刀を右肩の上に、右手の半月刀を左の脇腹にやり、構えます。

すぐに構えを解き、巨人たちの群れへと駆けていきます。

そのテスの心の奥底で、ネサルの言葉が木霊(こだま)します。
あたしは悪いって思い続けた結果がこれよ。

巨人たちが一斉に、その手に握る星球つきのメイスを振り上げました。

半円の包囲が縮まってきます。

テスはその半円へと躊躇(ためら)わずに飛び込みました。

あたしは本当に、悪い、価値のない人間になってしまった――

メイスの凶暴な気配が頭上に迫り、テスはその気配に集中しながら走り続けます。

真後ろの地面にメイスの星球が叩きつけられ、石つぶてがばらばらとテスの背を守るマントにぶつかりました。

土が水柱のように飛び散り、頭上から降り注ぎます。

(あの男には俺を殺す大義名分がある。そのほうが正義なのかもしれない……俺が殺されるほうが、正しいことなのかもしれない……)

今度は、蛇行しながら走るテスのすぐ左横にメイスが振り下ろされました。

続けて右前に。

テスは高く跳び上がり、地面にのめりこむメイスの星球、その凶悪な(とげ)の上でくるりと回転し、飛び越えました。

着地しようとするテスの真上から、更にメイスが襲いかかります。

着地の直後、後ろに転がり、かろうじて回避。
メイスの星球がテスの真横に建つ漆喰の家の屋根にのめり込み、破壊します。
(…………嫌だ……死にたくない!)

テスは、つむじ風の障壁を体の回りに張り巡らせました。

土と砂、石、埃、破壊された家の壁や梁、そして屋根を、テスを守る風が巻き上げていきます。
瓦礫混じりのつむじ風を、テスは正面にいる巨人にぶつけました。

テスは走ります。

ただまっすぐに走ります。

そして、巨人たちの作る半円の包囲を突っ切りました。

跳び上がり、左足で民家の壁を蹴り、その右側に建つ家の屋根に飛び乗ります。
その家の陰に、二人の言葉つかいの姿を見つけました。
飛び降ります。
半月刀が、西日を受けて殺意のように輝きます。
(悪い言葉つかい)

その光を顔に浴び、何事かと振り向いた言葉つかいは、途端に喉仏に半月刀の鋭い刃を受けました。

仲間の短くくぐもった悲鳴を聞いたもう一人の言葉つかいも、慌てて振り向いてテスを見ます。

何が起きたか確かめる間もなく、その男も喉を裂かれました。

(悪い。悪い。俺は悪い。とても悪い。悪い。悪い。悪い。悪い。悪い――)
つむじ風が起きます。それはテスを取り囲み、血しぶきを、煙のように高く舞い上げていきます。

テスはつむじ風の真ん中に立ち、両腕を上げ、半月刀を交差させ、振り下ろしました。

刃についた血が払われ、地面に二本の血の直線が描かれます。

つむじ風がやみます。

テスの頭と肩に、血しぶきが落ちてきました。

テスはまた走り出しました。
―つづく―
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