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文字数 1,644文字

サラが教えてくれた港町へと、ミスリルはテスを連れて行きました。

道中、話の内容から、サラが言っていた男女二人連れの行商人というのが、ミスリルと彼の連れ合いであることがわかりました。

今はその女性が一人で荷の管理をしており、テスが見つからなかった場合はこの町で落ち合う予定だったとのこと。

アエリエ!
港の近くに荒れたガレージがあり、ミスリルがその外れかけた木戸を開けます。

中にはトラックが一台。

開け放たれた荷台に女性が座り、足を垂らし、ランプを頼りに帳面をつけていました。

テスはその顔を覚えています。

ミスリル――
――!
…………。
テスは、汚れた顔をその女から背けます。
ジュンハは……
ミスリルは黙って首を振りました。
そう……。
今は何も聞かないでやってくれ。経緯(いきさつ)は俺が話すよ。
そうね。
入ってらっしゃい。奥に(たらい)と蛇口があるわ。顔を洗ったら?
………………。
水代なら気にしなくていいのよ。
ありがとう。

ほとんど囁くように礼を言い、トラックの横をすり抜けて、ガレージの奥に向かいました。

入り口からの光はトラックに遮られ、ほとんど届きません。

板壁の破れから差す黄昏の光が、錆びた蛇口を暗がりに浮かび上がらせています。

栓をひねり、水をへこんだ金盥に落とすと大きな音がしました。

その音に紛れて二人の声が聞こえます。

彼は………………どういう………………

……の話では………………

別に……………………さ。

信じるっていうか………………

……嘘ではない………………

そりゃあ…………から………………放っておくわけにも…………

…………仕入れた………………

金盥から水があふれ、土に吸い込まれていきます。
オレンジは売り切ったわ。染料は………………
貝が暴落して………………西海岸にはまだ染料の合成技術が……………………
……買い時………………

話題がテスについてから彼らの商売についてへと変わるのを確認し、テスは水がこぼれ続ける金盥に目を落とします。

ひどく億劫(おっくう)で、体の感覚が鈍磨しています。おまけに頭が痛く、眩暈(めまい)がします。

手をのろのろと水に差し入れるも、水の感覚がわかりません。

身を屈めて盥を覗き込めば、水に自分の顔が映ります。

………………

(これがジュンハを殺した男の顔……)

(サイアを、あんな子供を殺した男の顔…………)
――あのとき、キシャをいいように利用しようなどと思わなければ。
――連れていけ、とキシャに言われたとき、断っていれば。あの機関車のデッキに置き去りにしていれば。
水面に揺れる顔に対して憎しみが募ります。

その顔に爪を立てます。

激しくかき回します。音を立て、水が周囲に飛び散ります。

それでも水面に像を結ぼうとする自分の顔を、テスは自分の手で壊し続けます。

(こいつさえいなければよかったんだ。そしたらサイアも、ジュンハも……ティルカもニハイもリーユーもヤトも……ネサルも…………誰も死なずに済んだんだ。こいつさえ、こいつさえ、こいつさえ……)
あなた、何してるの?

アエリエと呼ばれていた女が小走りでやってきて、水をかき回すテスの手に触れました。

そして、息をのみます。

……あなた、具合が悪いんじゃない?
……吐き気がする……。

テスはそれを、自己嫌悪が極まったゆえの症状かと思っていたのですが。

アエリエがテスの額に手の甲を当てました。

当たり前よ。ひどい熱だわ。

ミスリル! ちょっと来て!

………………。
(そうか……熱があるのか)

途端に、急激に眠くなってきます。

視界が暗くなります。

しばらくして意識を取り戻したとき、テスは背中にトラックの振動を受けます。

吐き気はひどいままです。

もう一度目が覚めたとき、トラックは停まっていて、同じ荷台の中にいる二人の会話が聞こえます。

町に……

危険なのはわかってるわ……

……ベッドで休ませてあげないと…………

テスは眠ります。
ときおり誰かが顔を拭いてくれます。
ときおり誰かが水を飲ませてくれます。
ときおり誰かが歌ってくれます。
テスは眠ります。
眠り続けます……。
―つづく―
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