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文字数 1,638文字

母屋に向かうテスの肩に、後ろから走ってきたアエリエが手を置きました。
待って。

テスはアエリエの目をじっと見つめながら、母屋からの声に耳を澄ませました。

農場主の声は聞こえません。ミスリルが一人で対応しています。

行き倒れを拾っただけさ。お前らが捜してる男じゃない。

それを証明するために会わせてくれって言ってんだ。

(やま)しいことがないならできるだろ!

駄目だ。まだ起きてこられる状態じゃない。

へえぇ~~~~、随分と長(わずら)いだな。

その行き倒れ、農場のオーナーが言うにはバッチリ俺らが捜してる男の特徴押さえてるらしいがな。

ところでお前、ジュンハはどこに行った?

ジュンハ? ああ、契約解消になったんだ。金のことで行き違いがあってね。

嘘だ!!

あの化生の群れの通過のあと、付近の村でお前とジュンハを見かけたって証人がいる。

その後ジュンハを見た奴はいないんだ。おい、これはどういうことだ?

さあ?
お前……ふざけんなよ!

もういい。

そこをどけ! 腕づくでも中を調べさせてもらう!

おー! 言ったな! やってみろ。

その代わり、高くつくぜ。

目玉の一つや二つで済むと思うなよ。

母屋の壁の陰に隠れて、テスはアエリエに囁きます。

ごめんな……。

ありがとう。

振り切るように背を向けて、テスは母屋を壁沿いに回り込んで玄関口へと向かいました。

すぐにミスリルと三人の言葉つかいたちがテスに気付きます。

…………。
ミスリルは何も悪くない。困らせないでくれ。
お前――
捜してるのは俺だろう。だったら――
よせよ。
………………。

ミスリルと、そして心配して追ってきたアエリエとを警戒し、男たちはすぐには動こうとしませんでした。

ミスリルの放つ威圧感が静かに場を支配し、膠着(こうちゃく)に陥ります。

……おい。お前を追ってたジュンハという男を知ってるだろう。
……ジュンハとは戦いになった。
殺したってことだな!?
……そうだ。
だったら最初からそう言えよ!
ごまかそうとしたな!
やっぱりコイツは悪い言葉つかいだ!
………………。
………………。
お前はどうしてジュンハがお前を恨んでたか、わかるよな。
ああ。

お前がジュンハの娘を(さら)ったからだ。攫って殺したからだ。

ジュンハにとって、死んだ妻との間の一人娘だった。

ああ。

知っていた。

そこまで知っててよくジュンハまで殺すような真似ができたよな!

お前には血も涙もないのか!?

………………。

(……そうかもしれない)

俺だってそうしたさ。
全員の目がミスリルに集まります。
なんだって?

あのとき俺は形喰(かたく)いの倒し方を知らなかった。

供儀(くぎ)が必要だって知識があったら、俺だってそいつと同じことをしたさ。

それともお前は、他にどうすればよかったかわかるほど賢いのか?

俺は…………

お、俺だったら自分を犠牲にするね!

子供を犠牲にするなんてもっての(ほか)だ!

こいつもそうすればよかったんだ。

こいつが、おい、お前!

お前が一人で死ねばよかったんだ!!

身の程知らずが大口を叩くな。馬鹿に見えるぞ。
何だと!?
やめて。
深く鋭いその声に、全員が押し黙ります。
これ以上言い争ったって、答えなんか出ないわ。
そのとき。

視界が暗くなりました。

大きな影に覆われたようで。

テスは恐れながら、天に目を向けます。

夕闇は深く。

空は赤黒いほどです。

………………。
(…………どうして誰も反応しないんだ?)

(ミスリル、アエリエ、今の空の変化がわからないのか……?)

ああ。俺だってこれ以上言い争いたいわけじゃないさ。

ってわけで、帰れよ。お前たちのガキくさい正しさなんて聞きたくもない。

どうしてもそいつを連れてく気なら、いいぜ、かかってきな。

この――
よせ。ここじゃまずい。
――クソッ!
おい、ミスリル。お前らの所属の商会はどこだった?
………………。
構うな。今日は退()くぞ。
おい!
一人が、去り(ぎわ)に言い残していきました。

あと一か月もしないうちに、ここいらじゅうにお前の悪評が広がるぜ!

商会からの召喚令を楽しみに待つんだな!!

―つづく―
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