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文字数 4,685文字
集会所の戸が開け放たれて、村の男が六人入ってきました。
二十代の若者に見えるのは一人しかおらず、中年は二人、あとの三人は老人でした。
彼らはテスとサラを取り囲み、見下ろします。
テスはうなだれて椅子に腰掛けたまま、顔を上げる気も起きませんでした。
雨音が円い室内に満ち、テスはまた眠くなってきました。
――どうしてこんなに眠いのだろう。
――眠ってばかりいたい。
――眠り続けたい。
間近にいるサラの緊張が伝わってきます。
仕方なく口を開きました。
彼らの足音が聞こえなくなると、集会所には、再び雨音が満ちるだけとなりました。
サラはテスの目の前に
テスの両目は開かれているけれど、何も見えていません。
穏やかに声をかけ、サラは立ち上がりました。
集会所を横切り、出ていきます。
テスは一人になりました。
生きているかもしれないし、死んでしまったかもしれない。
彼の娘はテスのせいで死にました。
ジュンハによって罰を受けるべきだと心のどこかで思っていました。
むしろ願ってさえいたかもしれません。
そうでありながら、むしろジュンハを死の危険の中に残して逃げてきてしまったのです。
自分が何をしているのか、テスにはわかりません。
望む善いことをせず、望まない悪いことばかりをしている。
……きっと、アルカディエーラがそうだったように。
自分はいっそ殺されるべき
そう思うのです。
サラが戻ってきました。
小さな水瓶と、
歩み寄ってきて、テスの
包帯を収めた籠から
籠の中には、他に、油紙に包んだパンがありました。
サラは手を休めずに尋ねました。
テスは答えません。
サラは濡らした水で傷口を拭き、膏薬を塗っていきます。
平気なふりを装っていますが、手には迷いがあります。
皮膚をずたずたにしたこの傷がどういうものなのか、何故こんなことになったのか、想像するだけで恐いのでしょう。
そのうちに、遠くから羽音がきて、たちまち大音量となって空を覆いました。
雨音がかき消され、窓の外が真っ暗になります。
テスはだんだん、サラの穏やかさや親切さが耐えられなくなってきました。
テスは最後の一言に応じようとせず、沈黙を続けました。
サラは黙って答えを待っています。
なので、首を横に振りました。
どうして、ここまで親切にするのだろう……?
テスはその疑問を、最も短い聞きかたで尋ねました。
そして、一語一語をゆっくり
肉体よりも精神的な疲労のほうが酷く感じられました。
人の親切を受け入れるのも、心の強さや力の一つらしいとテスは知りました。
今やそんな力さえ失われていました。
ただただ一人にして、放っておいてほしいのです。
そうしたら、彼女は自分を軽蔑してくれるはずだという、卑しい願いでした。
テスは何となく、この娘を
それでもサラは、確信に満ちた目で続けます。
サラは跪いたままテスをじっと見上げ、反応を待っています。
ですが、頭も心も麻痺し、テスには何も言えませんでした。
化生は村の上に止まり、羽音も影も去らぬまま。
少しして、サラは微笑みました。
ふと心に引っ掛かりを覚え、テスは疑問を口にします。
何故そんなことが気になったのかはわかりません。
ですが答えは得られました。
目に光が戻ります。
戸が開け放たれると同時に、雨音と、羽音と、嫌な気配がなだれこんできました。
男の怒鳴り声で、サラは初めて怯えた顔を見せました。
外は暗く、部屋の中央のストーブからも離れているため、戸口に立つ男の姿はよく見えません。
それでも、上半身が裸で、しまりなく太っていることはわかります。
不機嫌に言いたてながら、大股で入ってきます。
サラは、包帯を替えたばかりのテスの手首に手を添えたままでした。
その指先が
そして十分に近付くと、青ざめて目を伏せるサラと、テスの前に立ち、サラを冷酷に見下ろしました。
男はズボン下を履いており、その下に下着が見えています。
だらしない、ひどく醜い格好です。
サラが立ち上がります。
つられて顔を上げたテスは、ひどく
男が手を上げたとき、おかしなちょっかいをかけるつもりだと瞬時に理解しました。
視界の端で、サラが息をのみ、腕で胸を庇うのが見えました。
疲れ果てていたにも関わらず、憎悪にも似た強い怒りがテスの心に閃きました。
がたりと椅子が音を立てます。
男と目があいます。
男は、テスがいつでも立ち上がれることと、その目の鋭い光に気がついて、
それからテスを睨み返しましたが、いざとなったら勝てぬという程度のことはわかるのでしょう。
サラの顔が一瞬で真っ赤になるのを見て、男は大声で嘲笑い、背を向けました。
戸口にたどり着くと振り返り、わざとらしい優しさを込めて言い放ちます。
ようやく男は出て行きました。
戸が開いて外の羽音が大きくなり、閉まると小さくなりました。
まず聞こえるはずもないような声。
息の音にもかき消されそうな微かな声。