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文字数 4,246文字
不意に声をかけられ、テスは街角で足を止めました。
港と町の中心部を繋ぐ大通りで、家具の工房の前を通り過ぎるところでした。
声の主はテスの真後ろにいました。
前に、寝台車で同室になった男でした。
同行者が二人います。
……が。
二人の内の一人が、何も言わずにテスとオルゴに完全に背を向けて、歩いて行ってしまいます。
残る一人が遠慮がちに言いました。
そして、もう一人を追うように、テスたちから離れていきました。
風が吹き、人もまばらな大通りに、テスとオルゴが残されました。
テスはオルゴと連れ立って歩きました。
狭い裏道に入っていきます。
こんな俺にも、二十年も前にはいっぱしの夢があったのさ。
小銭をかき集めて家飛び出して、別の大陸に移って、結局その日暮らしを二十年だ。
里心ついて郷里に手紙を出せば、兄貴の言うことにゃ母親が
その返信を受け取ったのが先月の話さ。
裏通りでは、老人がギターを奏でて歌っています。
悲しげな声の、悲しげなバラードです。
聴衆が群がって、ときおり誰かが老人の
鳥売りの少女がテスをじっと見つめていました。
歌う老人や聴衆たちから少し離れた場所にいて、椅子を持ち出し、机を置いて、その机の上や下に大小の鳥籠を並べています。どこか生気のない顔の、大きな目をした十三、四の少女です。
緑色のハト。
三角形に立った冠羽と太く短い嘴を持つ真っ赤なコウカンチョウ。
腹が黄色で胸がピンク、首が水色で顔面が赤という派手な色彩のコキンチョウ。
みな、首を後ろによじって翼の間に
鳥たちは目を開け、または動きを止め、それぞれ顔をテスに向けました。いくつもの黒くつぶらな目がテスとオルゴを見ました。
この世界で初めて目にする生きている鳥に、テスは夢中になってしまいました。
すると、鳥売りの少女が声をかけてきました。
全体的にずれているような、少女と世界がぴったり重なりあっていないような、少女が景色から浮き上がっているような……。
テスの凝視をどう解釈したのか、少女はこう続けました。
そのときテスは、少女から呼気が感じられないことに気がつきました。
もう一度机の上の鳥籠に目を移すと、そこには黄色い体、白いしま模様の入った黒い翼と尾羽、額に紺碧の羽毛を持つヒワが囚われていました。
その鳥もまた、少女と同様の違和感を放っていました。
テスは気がつき、つい驚きとともに口にしてしまいました。
キユと名乗る少女は無表情で死んだヒワを見つめました。
目を上げ、テスの気まずい視線を受け止めると、どこか感慨深げに呟きました。
たっぷり十秒、二人は見つめあいました。
その間、テスは自分の瞬きを数えました。
テスは二回瞬きましたが、キユは瞬きをしませんでした。
ホントかどうかはわからないけど、言葉つかいはみんな、もともとこの世界の人じゃないんだって。よその世界から落ちてきたって大人たちは言う。
それに、言い伝えだけど、本来ヒトではないものが言葉つかいになるって信じられてるから。
キユの目が、歌う老人へと動きました。あの老人がキユの祖父のようです。
そう。
あたしたちは働く。
あたしたちにご飯はいらないし、新しい服も、きれいな家も、別に欲しくないから。
悪い言葉つかいがそれを始めた。
彼によってあたしたちは『裏切り者の墓』から引き出された。
その人は何だってできた。
気遣うように、祖父がいるほうに目をやりました。
老人は先ほどのバラードとは別の曲を歌っていました。
何ごとかと驚いた聴衆たちが、素早く数人が散ったのをきっかけに一斉に離れました。
男たちは五人いて、二人が老人の前に行き、一言も声をかけることなく、何のねぎらいも気遣いもなしに帽子の中の硬貨を
略奪みたいです。
二人がキユの前に来ました。
残る一人は少し離れたところで彼らの働きを監督しています。
男は机の後ろに回り込み、キユを壁に突き飛ばし、ひきだしに手を伸ばしました。
キユは何か言おうとしましたが、ひきだしが開くほうが先でした。
ひきだしを開けた男は、黄色い小鳥の死骸を見て凍りつきました。
すぐに他の男たちがやってきて、キユを取り囲みました。
大きく
五人の男たち全員が、テスを怖い顔で睨みつけました。
これまで様子を監督していた、とりわけ腕っ節の強そうな男がテスの前に進み出ました。
男は答えず、テスの腕を鷲掴みにしました。
錠のかかった扉の前に連れて行き、腰にぶら下げた鍵で錠を開け、埃臭い倉庫の中にテスを引きずりこみました。
他の男たちも後に続きます。
音を立て、倉庫に内鍵がかけられました。
裏通りには、あまりのことに立ち竦んでいるオルゴと、無表情のキユ、そして歌声と同じくらい悲しそうな顔をした老人が残りました。