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文字数 2,753文字
ようやく赤毛の女の客室にたどり着きました。
テスはベッドに女を寝かせ、靴を脱がせてやりました。
女はうつ伏せになって、ぴくりとも動きません。
布団をかけてやりました。その布団は、テスが泊まる二等客室のものより厚く、ふかふかで、温かいので、テスは羨ましく思いました。
あいつら、あたしじゃなしに、あんたに乱暴なことをするって決めたみたいね。
明日、あいつらは寄ってたかってあんたを痛めつけて、それでも気が済まなければ殺すわ。
あんた、あたしにそれだけの値打ちがあると思う?
心臓が強く脈打ち、テスは枕に広がる女の赤い髪を凝視しました。
女はテスに背を向けて横向きになっており、窓の外の海を見ています。
女はまた吐き、そして元通り、ベッドにぐったりうつ伏せになりました。
枕に顔をつけ、泣き始めました。著しく情緒不安定です。
テスがベッドから離れようとすると、
その頃、ママはあたしよりもお兄ちゃんといることを好んだわ。
道を歩くとき、手をつないであげるのも、お話をしながらとなりあって歩くのも、あたしよりお兄ちゃんを選んでた。
あたしはいつも二人の後ろを歩いたわ。
その日はママのお手伝いで、軽い買い物の荷物を持ったの。
軽いのを、ママが持たせた。
でもあたし、重たいふりをして、引きずるように歩いたわ。いつも通り、二人の後ろを。
重かったわけじゃないの。
振り向いてほしかったの。
大丈夫? って聞いてほしかったの。
振り向いてくれたわよ、ママは。
早くしなさい、早く来なさいって言うために。
それから、わざとらしいことをしたらこうなるのよって、すごく冷たい目で言った。
でもね、あたしはただ、一緒に隣を歩きたいだけだったの。
小さかったのよ。
キシャは、泥酔しているとはとても思えない機敏な動作で起きあがり、右手で髪を後ろに払い、ベッドの上に座りました。
左手は、『亡国記』を抱えて胸に押しつけていました。
テスはベッドから離れ、窓辺に向かいました。
白く泡立つ波と黒い海を、天が弧を描いて包んでいます。
空はどこにいても、いつまでも黄昏です。
太陽はありません。
いずれにしろ、テスはこれからも記憶を失い続けるのです。
半月刀の柄頭、そこに彫られた名を思い返します。
『アラク』
この名は自分の出自に関する手がかりです。
この人のことを、できれば思い出したいとテスは思いました。
何よりその名がもたらす温かい気持ちを失いたくないのです。
その名について思い出せず、また、その名がいかなる感情ももたらさなくなった時、自分はそのことで嫌な気分にはならないだろうと予測できました。
何とも思わないはずだと。
それが嫌でした。
テスは海と黄昏の彼方に遠い目を向けて、返事を待ちました。
答えはなかなか返ってきません。