第44話
文字数 3,910文字
不動産屋での用事が済んだ後、二人は食べ物を買って蕗子のアパートへ行った。
一週間ぶりの部屋だが、出ていったままで部屋の中はどうなっているのだろう。
慎重に鍵を開けてそっと玄関ドアを開けた。まだ日没前なので部屋の中は明るい。
目の前の空間をざっと見まわした。これといって変わった様子はない。
そっと靴を脱いで上がる。晴明も蕗子の後に続いて上がった。
洗面所とトイレを見たが、こちらも変化なし。
調理台の上にあの時に置いたフルーツが朽ちかけていたが、虫は湧いて無くてほっとした。
部屋の扉は開いたままだ。そこに立って中を覗く。
(良かった……)
「大丈夫そう?」
蕗子の頭上から部屋の中を覗いた晴明が心配げに訊ねた。
「うん。出ていった時のまま」
分類別に置いてある物の乱れは無く、蕗子を待っている間に父の広志が見ていたと思われる建築雑誌が開いたままだった。
足を中に踏み入れて窓際まで進むと、窓を開けた。空気が淀んでいる。
「暑いね……」
蓼科と比べると、異常と思えるほど東京は暑かった。
「空気が入れ換わったら、エアコンつけましょ」
蕗子は持ち帰ったスーツをかける為に収納を開けた。ここも変わりない。
矢張り父は、その後間もなく帰ったみたいだ。
こういう時、何も物が無いと変化が分かりやすくていい。万一泥棒が入っても、何もなくて驚くだろう。
自分より先に泥棒が入って、ごっそり盗んでいったんじゃないかと誤解するかもしれない。
「それでは。僕たちの結婚を祝して、改めてカンパーイ」
エアコンをつけて、二人は買ってきた缶ビールで乾杯した。
目の前には、デリカッセンで買ってきた料理が並んでいる。
「ニューヨークにいた時って、食事はどうしてたの?」
「うーん、色々かな。朝は、蓼科と変わらないメニューだよ。素材は違うけど。昼は食べたり食べなかったり。家なら朝と変わらない感じ。夜も色々だね。家にいる時は、自分で作ってたし、誰かと一緒の時には外食だったり。あと、呼ばれた先で御馳走になったりもしたな」
「呼ばれた先って?」
晴明は、チラッと蕗子を横目で見た。
「絵の顧客とか、生徒の家とか……」
どことなく、言い方に明瞭さがない。
「絵の顧客……、生徒の家……」
わざと反復した。
それに対して晴明は何も返さずに黙々と焼売 を食べている。
「晴明さん……」
「ん?」
晴明は顔を上げない。
「絵の顧客って、どんな人?それに、生徒さんがいたんだ」
あえて、無味乾燥な抑揚で言った。
「僕の絵、ニューヨークで結構人気があるって、蘇芳が言ってたよね。女性客がさ。多いんだよ。勿論、男性客もいたけどね。それで、クチコミで広がってね。女性のクチコミは凄いよね。絵が足りなくて、新たに描いてくれって注文が多くて。それと、その人達や、その人達のお子さん方に、教えて欲しいって頼まれたりしてね。ま、断れなくて仕方なく。でもって、教えた帰りに、食事していけって勧められたり、別の日に招待されたり。だから飯には困らなかったねぇ」
と、一挙に捲し立てるように喋ったのだった。
「ねぇ、なんか、焦ってない?」
「なんで。焦る必要なんか、ないよ」
「でも……」
どう言おうかと蕗子が逡巡していると、その先を制するように晴明が言った。
「分かった。蘇芳に何か良くない事を聞かされたんだろ」
「良くない事って?」
「良くない事は良くない事だよ」
晴明は憮然とした顔だ。
蕗子は軽く息を吐くと、正直に言った。
「晴明さん。例え良くない事であっても、私は全然平気よ。蘇芳はパトロンだって言ってたし、父はそれを真に受けて、マダム達の閨房の相手をしてお金を貰っていたヒモだとかなんとか言ってたけれど……」
「まさか君は、それを真に受けたんじゃないだろうね」
暗くて怖い眼をしている。この人の、時々見せるこういう眼って、一体何なんだろうと思う。
屈託ない綺麗な瞳の時もあると言うのに。
矢張り生い立ちのせいで屈折しているのだろうか。
蕗子は困ったように口をへの字に曲げた。やれやれと、両手を挙げたい気分だ。
「真には受けて無いわよ。いくらなんでもねぇ。でも当たらずとも遠からず、だったかもしれない、とは思ったけれど」
晴明はギュゥっと唇を一文字にした。
「ねぇ。どうしてそんなに怖い顔をするの?私は気にして無いって言ってるのに。実際どうだったのか教えてくれてもいいじゃない。言わない方が、余計な勘ぐりされるわよ?」
蕗子の言葉に得心がいったのか、晴明の唇の力が緩んだ。
「それは、確かにそうかもしれない。……全く、蘇芳はともかく、君のお父さんは酷いな」
晴明の口元から小さなため息が漏れた。
「そうね。私があなたを嫌うように仕向ける為だとは思うけど、下衆な感じだったわ」
「でも結局、効果は無かったわけだ。だけど君は、それが本当だったとしても、本当に気にしないの?」
「多分……」
「多分って、どういう事」
「正確に言うなら、聞いてみないと分からないって事かな。でも、父に言われた時は、別にショックぅ~~とかには全然ならなかった。信じて無かったからなのかしらね?」
蕗子は笑った。
晴明は神妙な面持ちをしてから、一端、蕗子から視線を外して、照り焼きチキンにフォークを刺した。
蕗子もチキンを刺して口に入れた。暫く待ってみる。
「君のお父さんの話しは間違ってるよ。でも、蘇芳が言う、パトロンって言うのは、あながち外れているとは言えないかもしれない。気に入られて、必要以上に良くして貰ってたからね」
「そうなんだ。例えば?」
「例えば……、付いてる値段より高めに絵を買ってくれたり、知り合いに斡旋してくれたり。生徒の紹介もそうだ。絵描きは貧乏だって思いこみもあったんだと思うよ。まぁ、お金は困らないくらいには持ってるけど、生活自体は質素にしてたからね。だから、食事もよく招かれたしね」
若くて有望そうな、しかも見た目も整っている画家に、良くしてあげたいと思う女性は少なくは無いだろう。
「……ただ、その代価として露骨に相手を求められたりはしなかったけれど、お茶会とか観劇とか、あと買い物とかに付き合って欲しいって誘われて、良くして貰ってるからそのくらいはって思って付き合ってた。蘇芳は、それが気に入らなかったみたいだ。でも僕は疾 しい事は何もしてない」
まぁそんな事なんだろうと思っていた。
晴明は素敵だと思う。
背が高くてスタイルもいいし、顔立ちも整っている。それだけでもモテるに決まっている。
大学でだって、女子大生がきっと騒いでいる事だろう。
それに、影がある。
その影に蘇芳は惹かれたと言っていたが、アメリカのマダム達も同じだろう。
その影が、ただハンサムなだけではない魅力を醸 しだしているのだ。
おまけに画家なんだから、余計だろう。
面倒を見てあげたくなるんだろうし、多少なりとも見返りも求めるに違いない。
「きっとそうだろうって思ってたから、安心して?ただね……」
蕗子はサラダに手を伸ばした。
アボカドを突く。
「ただ?」
「ただね。蘇芳と付き合ってる時は、その程度だったんだと思うの。でもね。もしかして、アメリカに行って間もない頃は、求められて応えた事も時にはあったんじゃないかな、って思うんだけど、……どう?」
晴明の眼が、前よりも一層暗くなった。
「どうして、そう思う?」
強張ったように、低い声で問うてきた。
「里美さんの事を、引きずっていただろうから。……生きる事に意味が見出せないまま生きていて、面倒くさくて言われたまま相手したりする事も、あったんじゃないのかな、って。違ったらごめんね?」
晴明は苦虫をつぶしたような顔をして、ふぅと小さな溜息を吐いた。
「君は本当に冷静で鋭いな。怖いくらいだよ。隠し事なんて、この先もできそうになさそうだ」
そう言って、晴明はレタスをむしゃむしゃと音を立てて食べ始めた。
そして、飲みこんでから言った。
「君の言う通りだよ……。面倒くさくて、相手をした事は何度もある。蘇芳と知り合った頃の顧客にはいないけどね。アメリカは日本ほど人間関係が煩わしくは無かったけれど、それでも構いたがる人間ってのは、どこにでもいるもんなんだな。放っておいてくれって言っても、しつこい
女もいてね。どうでもいいから、投げやりに相手をした。虚ろな日々だったよ」
「そっか。分かった。もういいから。言わなくて。それだけ聞けば十分よ」
蕗子は半ば不貞腐れ気味になっているような晴明に笑いかけた。
「君はそう言って笑ってるけど、本当に平気なのかい?君のような高潔な人に聞かせるような話しじゃないと思って、あえて言わなかったのに。ショック受けられたらどうしようって心配してたのにな」
上目づかいに様子を伺っている様が、なんだか可笑しい。
「高潔って言うの、何か変だと思う。単にドライなだけだと自分では思ってる。あなたと里美さんの事だって。異母兄妹と知って、さぞや辛かっただろうなって思ったけど、おぞましいとかケダモノとか、そんな風には微塵も思わなかったわよ?大体、異母キョーダイって、大昔は結婚してたじゃない。同母だけは禁忌だったけど。オジオバとの結婚も当たり前のようにあったわよねぇ。生物学的には近親は良くないけど、モラルは時代によって変化するもので、今はそれがタブーとされてるだけでしょ?まぁ、だからと言って、最初からキョーダイを好きになるのもどうかと思うけどね」
晴明は、唖然としたようにポカンと口を開けて蕗子を見ていた。
「僕たち……一体、何を悶々としてたんだろうね」
「私もそう思う」
二人、ジッと見つめ合った後、同時に笑った。
一週間ぶりの部屋だが、出ていったままで部屋の中はどうなっているのだろう。
慎重に鍵を開けてそっと玄関ドアを開けた。まだ日没前なので部屋の中は明るい。
目の前の空間をざっと見まわした。これといって変わった様子はない。
そっと靴を脱いで上がる。晴明も蕗子の後に続いて上がった。
洗面所とトイレを見たが、こちらも変化なし。
調理台の上にあの時に置いたフルーツが朽ちかけていたが、虫は湧いて無くてほっとした。
部屋の扉は開いたままだ。そこに立って中を覗く。
(良かった……)
「大丈夫そう?」
蕗子の頭上から部屋の中を覗いた晴明が心配げに訊ねた。
「うん。出ていった時のまま」
分類別に置いてある物の乱れは無く、蕗子を待っている間に父の広志が見ていたと思われる建築雑誌が開いたままだった。
足を中に踏み入れて窓際まで進むと、窓を開けた。空気が淀んでいる。
「暑いね……」
蓼科と比べると、異常と思えるほど東京は暑かった。
「空気が入れ換わったら、エアコンつけましょ」
蕗子は持ち帰ったスーツをかける為に収納を開けた。ここも変わりない。
矢張り父は、その後間もなく帰ったみたいだ。
こういう時、何も物が無いと変化が分かりやすくていい。万一泥棒が入っても、何もなくて驚くだろう。
自分より先に泥棒が入って、ごっそり盗んでいったんじゃないかと誤解するかもしれない。
「それでは。僕たちの結婚を祝して、改めてカンパーイ」
エアコンをつけて、二人は買ってきた缶ビールで乾杯した。
目の前には、デリカッセンで買ってきた料理が並んでいる。
「ニューヨークにいた時って、食事はどうしてたの?」
「うーん、色々かな。朝は、蓼科と変わらないメニューだよ。素材は違うけど。昼は食べたり食べなかったり。家なら朝と変わらない感じ。夜も色々だね。家にいる時は、自分で作ってたし、誰かと一緒の時には外食だったり。あと、呼ばれた先で御馳走になったりもしたな」
「呼ばれた先って?」
晴明は、チラッと蕗子を横目で見た。
「絵の顧客とか、生徒の家とか……」
どことなく、言い方に明瞭さがない。
「絵の顧客……、生徒の家……」
わざと反復した。
それに対して晴明は何も返さずに黙々と
「晴明さん……」
「ん?」
晴明は顔を上げない。
「絵の顧客って、どんな人?それに、生徒さんがいたんだ」
あえて、無味乾燥な抑揚で言った。
「僕の絵、ニューヨークで結構人気があるって、蘇芳が言ってたよね。女性客がさ。多いんだよ。勿論、男性客もいたけどね。それで、クチコミで広がってね。女性のクチコミは凄いよね。絵が足りなくて、新たに描いてくれって注文が多くて。それと、その人達や、その人達のお子さん方に、教えて欲しいって頼まれたりしてね。ま、断れなくて仕方なく。でもって、教えた帰りに、食事していけって勧められたり、別の日に招待されたり。だから飯には困らなかったねぇ」
と、一挙に捲し立てるように喋ったのだった。
「ねぇ、なんか、焦ってない?」
「なんで。焦る必要なんか、ないよ」
「でも……」
どう言おうかと蕗子が逡巡していると、その先を制するように晴明が言った。
「分かった。蘇芳に何か良くない事を聞かされたんだろ」
「良くない事って?」
「良くない事は良くない事だよ」
晴明は憮然とした顔だ。
蕗子は軽く息を吐くと、正直に言った。
「晴明さん。例え良くない事であっても、私は全然平気よ。蘇芳はパトロンだって言ってたし、父はそれを真に受けて、マダム達の閨房の相手をしてお金を貰っていたヒモだとかなんとか言ってたけれど……」
「まさか君は、それを真に受けたんじゃないだろうね」
暗くて怖い眼をしている。この人の、時々見せるこういう眼って、一体何なんだろうと思う。
屈託ない綺麗な瞳の時もあると言うのに。
矢張り生い立ちのせいで屈折しているのだろうか。
蕗子は困ったように口をへの字に曲げた。やれやれと、両手を挙げたい気分だ。
「真には受けて無いわよ。いくらなんでもねぇ。でも当たらずとも遠からず、だったかもしれない、とは思ったけれど」
晴明はギュゥっと唇を一文字にした。
「ねぇ。どうしてそんなに怖い顔をするの?私は気にして無いって言ってるのに。実際どうだったのか教えてくれてもいいじゃない。言わない方が、余計な勘ぐりされるわよ?」
蕗子の言葉に得心がいったのか、晴明の唇の力が緩んだ。
「それは、確かにそうかもしれない。……全く、蘇芳はともかく、君のお父さんは酷いな」
晴明の口元から小さなため息が漏れた。
「そうね。私があなたを嫌うように仕向ける為だとは思うけど、下衆な感じだったわ」
「でも結局、効果は無かったわけだ。だけど君は、それが本当だったとしても、本当に気にしないの?」
「多分……」
「多分って、どういう事」
「正確に言うなら、聞いてみないと分からないって事かな。でも、父に言われた時は、別にショックぅ~~とかには全然ならなかった。信じて無かったからなのかしらね?」
蕗子は笑った。
晴明は神妙な面持ちをしてから、一端、蕗子から視線を外して、照り焼きチキンにフォークを刺した。
蕗子もチキンを刺して口に入れた。暫く待ってみる。
「君のお父さんの話しは間違ってるよ。でも、蘇芳が言う、パトロンって言うのは、あながち外れているとは言えないかもしれない。気に入られて、必要以上に良くして貰ってたからね」
「そうなんだ。例えば?」
「例えば……、付いてる値段より高めに絵を買ってくれたり、知り合いに斡旋してくれたり。生徒の紹介もそうだ。絵描きは貧乏だって思いこみもあったんだと思うよ。まぁ、お金は困らないくらいには持ってるけど、生活自体は質素にしてたからね。だから、食事もよく招かれたしね」
若くて有望そうな、しかも見た目も整っている画家に、良くしてあげたいと思う女性は少なくは無いだろう。
「……ただ、その代価として露骨に相手を求められたりはしなかったけれど、お茶会とか観劇とか、あと買い物とかに付き合って欲しいって誘われて、良くして貰ってるからそのくらいはって思って付き合ってた。蘇芳は、それが気に入らなかったみたいだ。でも僕は
まぁそんな事なんだろうと思っていた。
晴明は素敵だと思う。
背が高くてスタイルもいいし、顔立ちも整っている。それだけでもモテるに決まっている。
大学でだって、女子大生がきっと騒いでいる事だろう。
それに、影がある。
その影に蘇芳は惹かれたと言っていたが、アメリカのマダム達も同じだろう。
その影が、ただハンサムなだけではない魅力を
おまけに画家なんだから、余計だろう。
面倒を見てあげたくなるんだろうし、多少なりとも見返りも求めるに違いない。
「きっとそうだろうって思ってたから、安心して?ただね……」
蕗子はサラダに手を伸ばした。
アボカドを突く。
「ただ?」
「ただね。蘇芳と付き合ってる時は、その程度だったんだと思うの。でもね。もしかして、アメリカに行って間もない頃は、求められて応えた事も時にはあったんじゃないかな、って思うんだけど、……どう?」
晴明の眼が、前よりも一層暗くなった。
「どうして、そう思う?」
強張ったように、低い声で問うてきた。
「里美さんの事を、引きずっていただろうから。……生きる事に意味が見出せないまま生きていて、面倒くさくて言われたまま相手したりする事も、あったんじゃないのかな、って。違ったらごめんね?」
晴明は苦虫をつぶしたような顔をして、ふぅと小さな溜息を吐いた。
「君は本当に冷静で鋭いな。怖いくらいだよ。隠し事なんて、この先もできそうになさそうだ」
そう言って、晴明はレタスをむしゃむしゃと音を立てて食べ始めた。
そして、飲みこんでから言った。
「君の言う通りだよ……。面倒くさくて、相手をした事は何度もある。蘇芳と知り合った頃の顧客にはいないけどね。アメリカは日本ほど人間関係が煩わしくは無かったけれど、それでも構いたがる人間ってのは、どこにでもいるもんなんだな。放っておいてくれって言っても、しつこい
女もいてね。どうでもいいから、投げやりに相手をした。虚ろな日々だったよ」
「そっか。分かった。もういいから。言わなくて。それだけ聞けば十分よ」
蕗子は半ば不貞腐れ気味になっているような晴明に笑いかけた。
「君はそう言って笑ってるけど、本当に平気なのかい?君のような高潔な人に聞かせるような話しじゃないと思って、あえて言わなかったのに。ショック受けられたらどうしようって心配してたのにな」
上目づかいに様子を伺っている様が、なんだか可笑しい。
「高潔って言うの、何か変だと思う。単にドライなだけだと自分では思ってる。あなたと里美さんの事だって。異母兄妹と知って、さぞや辛かっただろうなって思ったけど、おぞましいとかケダモノとか、そんな風には微塵も思わなかったわよ?大体、異母キョーダイって、大昔は結婚してたじゃない。同母だけは禁忌だったけど。オジオバとの結婚も当たり前のようにあったわよねぇ。生物学的には近親は良くないけど、モラルは時代によって変化するもので、今はそれがタブーとされてるだけでしょ?まぁ、だからと言って、最初からキョーダイを好きになるのもどうかと思うけどね」
晴明は、唖然としたようにポカンと口を開けて蕗子を見ていた。
「僕たち……一体、何を悶々としてたんだろうね」
「私もそう思う」
二人、ジッと見つめ合った後、同時に笑った。