2-4

文字数 8,113文字

 今までの流れをそのままに、静流は家に戻り、何も言わず自室のベッドに身体を投げ出していた。仰向けで、目を閉じたり開いたりを繰り返している。ミアンナにはただ一言「疲れた」とだけ言うだけで、この世界についての疑問や褒賞の品は一切口にしなかった。痛々しい打撲の傷や、腫れた頬にミアンナは優しく触れていて、静流は柔らかな寝息を立て始めた。
 そっと彼の髪に触れ、ミアンナは丸椅子から立ち上がり、部屋を後にした。扉から出ると、双子が心配そうにミアンナを見上げた。
「大丈夫ですよ。シズルは少し疲れただけです」
「でも、前回と違ってすごくダメージを受けていたような気がするわ。戦ってるシズル、すごい辛そうだったもの」
「そうね」
 常々、ミアンナは疑問だった。戦士はどうして、あそこまで戦えるのだろうと。血を流して、痛みや苦痛を伴ってまで。
 痛みと、血そのものに恐怖を覚えるミアンナからすれば、理解に苦しむのだ。いくら命令だからって、義務だからって。だがミアンナは、すぐに苦渋の表情をした。戦えと命じているのは自分なのだ。疑問に思う資格など、あるものか。
「ミーも、辛そうだね」
 幼さの含んだ声音の中に入り込む、確かな優しさ。ケビンは誰に対しても優しい子供だった。彼は目の前にいる生命の感情が分かるのだ。人間も、旧人も、動物でさえ。超能力ではなく、ケビン自身に備わっているものだ。
「私もシズルが苦しむ姿を見たくはありませんから」
「ミー、何とかしてシズルをね、戦士から解放できないかなってケビンと話してたの。そうすれば、ずっと一緒に暮らせるって」
 何度もミアンナ自身が考えたことを双子も考えていたのだ。
 戦いがある限り、シズルは常に敗北のリスクを負う。そして、この戦いは現時点で永遠だった。戦士は戦士以上になることはない。人間は戦士としてここに連れてこられた限り、敗北するまで決闘を強いられるのだ。
 理由は簡単だ。ここに連れてこられる者共は、全て人間界で罪を背負ったからだ。
 戦士になるには条件がある。死後、地獄に送られるものであること。そうしてもう一つ、稀有な戦闘力を秘めていること。静流は元々地獄に送られる予定だったのだ。そこをミアンナが救いだすように、戦士として連れてきたのであった。
 静流が罪人である限り、解放はほぼ不可能。世界さえ覆すような天地革命が起こらない限りは、解放されないのだ。
「大丈夫です。シズルは強いのですよ。簡単に負けるような人間じゃありませんから」
「でもさ、ずっとずっと勝ち続けるなんてできないんじゃないかな。僕は、百回勝った人なら知ってるけど、それ以上はいない。だから、ずっと戦ってたらシズルも負けて、売られちゃうんだよね――?」
 遠い未来のことだと信じて、ミアンナが考えなかった話だ。
 いくら強くて、道具も整っていて、最強と謳われた男でもふとある事で負けるのだ。例えば、風邪を引いていたり、愛銃がジャミングを起こしたり。過去最多の勝利記録も一六三勝だ。仮に二百勝したとして、全て三日に一度の試合だとしても、二年も一緒にいられないのだ。
 あわよくば、シズルを離したくない。ミアンナはそう思っていた。
「考えすぎですよ、二人とも。まだ三回戦じゃないですか。シズルがとっても強いことを知っているのですから、不安になることもないですよ」
 にっこりと笑うミアンナは、二人の気持ちを分かっていた。
 子供というのは、失うことに敏感なのだ。ミアンナも幼い頃、まだまだ先の話なのに母親の死が異常なほど怖かった。永遠に話せなくなることが怖かった。いとおしいから、泣いたこともある。ちょうど。母親がいなくなる夢を見た夜のことだった。
「さて、二人とも。たまには散歩に行きませんか。次のシズルの褒賞を買いにいくのです」
「あれー? もう聞いてるのね」
「いいえ、まだ聞いていません。ですが、きっとまたお酒でしょう。二度あることは三度ある、ですよ。これ、シズルのいた世界の言葉です」
「へえー! そんなことないのにね! 三回も同じこと続くかなあ」
 生きていた頃の静流を、ミアンナは知っていた。この世界から見てきたのだ。
 観劇者が言うのだから間違いない。双子は簡単な納得の後、散歩に付き添うことにした。家を出る時、ホグウが扉を開けてお見送りをしてくれた。
「ミアンナ様、よかったらこれを」
 分厚い三角形の大きな葉を、彼は渡した。試しに受け取ると、何かが包まれていることがすぐに分かった。
「食べたいと仰っていたおむすびです」
「まあ、覚えていてくれたのですね。さすがですよ、ホグウ」
 すかさずケビンが、おむすびとは何かと問う。
「シズルのいた国の食べ物です。お米が海苔に巻かれていて、お米の中には梅干しが入っているのですよ」
「わあ、美味しいの?」
「美味しいですよ、ケビン。後で三人で食べましょう。おむすびは一つしかないですが、結構な大きさがあるので、三人でもちょうどいいはずですね」
 白色の手提げ鞄におむすびをしまったミアンナは、ホグウに頭を軽く下げて外に出た。
 木枯らしの空、と呼ばれているこの国の空は、黄土色だった。第三世界には太陽も月もないから、空模様は一切変わらずにそこに存在している。粒子や、大気といったものの影響で空の色や天気が変わることはあるが、今日は基本的な空の色を保っていた。
 家から出て、町までは歩いて十分もあれば辿り着く。その間、双子は留まることをしらない雑談で遊んでいた。
「そんなことないわ。人間とロボットは共存できる関係。まるでこれから先、ロボットが人間を支配するようなことを専門家は言っているけれど、大きな間違いよ。知ってる? ニュースは少し大々的に取り上げないとだめなのよ」
「なるほど、確かにそうかも。不安を煽っておくことで国民に危機感を埋め込ませて、万が一に備えてすぐに行動できるように、もしくは受容できるようにする。その理屈も分かるけど、今でも人間は機械を制御できてるって言える? 毎日のように、機械は人間を殺しているというのに」
「例えば?」
「高齢者が誤った操作をして機械が思わぬ行動を起こし、人を殺める。人が便利になるように作られている物が、皮肉にも人を殺す。その典型的な物は車だね。特に最近の車はすごく進化していて、人を轢かないような設計もされているけれど、全ての事故は防げない」
 二人は人間界のことを話しているが、機械の話になるとミアンナは見守ることで精一杯だった。彼女は機械音痴なのだ。おかげで家には機械的なものは少なく、移動も徒歩。双子はもともと人間界にいたから、三界のことは分からないことだらけだろう。
 双子がよく人間界の話をするのは、故郷なのだからだとミアンナは知っているが、複雑だった。
 本来ならば幼い子は返してあげたいが、五界は私情を絡むような世界ではないのだ。そもそも、五界自体が厳しい世界なのだから、三界で暮らしていた方が幸せなことは間違いがないのだろうが。
 五界は、ミアンナが知る限り忌々しい世界だった。裏切りと暴力と、金と失恋と。嫉妬と後悔。たった一人の人間を見るだけでも、様々な負の感情が旋風のように回っている。
 他の界にも争いはあるし、人間らしい生き物も多数存在している。だが、五界の辛さには敵わないのだ。
 常々、ミアンナはこう思っている。生きているだけでも、人間というのは素晴らしいのだと。他の住民達は人間を玩具や、奴隷のように思う旧人もいるが、ミアンナの考えは違った。長い期間を耐え抜き、絶望の中で光る僅かな光だけを追い求めて生きて、物語を全うして果てた者達。中には罪人もいるだろうが、苦しみのない人間は存在しない。
 人間同士を戦わせることに、旧人達に憂いはなかった。運ばれてくる人間は全てが罪人。罪人を戦わせたところで、失う感情はない。
 ――だが、罪人でも生きていたのだ。中には家族がいた者もいるだろう。旧人と同じように、人間も愛を知っているのだ。だから、いずれこの国の在り方は変わるだろう。ミアンナは、自分と同じ考えの旧人を知らない。ほとんどが国の在り方に疑問を思わない。
 当然だろう。しかし当然であってはならない。ミアンナの望みは、いずれ国の在り方を変えることだった。
 罪人はあるべき場所へ。奴隷のように扱われない姿へと送られる義務があるのだ。それを、嗜好のためだけに戦わせられるのは人間にとっても不憫だと、ミアンナは常に思っている。中には戦うことに意味を見出す人間もいるが、本来は行くはずのない七界へ送られるという残酷な仕打ちは、罪人とはいえ重すぎるのだ。
 この国にきたのは、在り方を変えるためだけではないが、大きな目標はそこだった。
 変えるためには準備が必要だ。第一に、王に近付く必要がある。最下級の地位についているミアンナには、王の居場所や名前すら知る権利はなかった。
 この国では、知るという権利はどの国よりも大きな影響力を持つ。知っているだけで罪になる場合もあるのだ。
「どうして人間が生まれるのかについて、古代からずっと議論されているよ。でも僕は、それは人間だけの命題じゃないと思うんだ。どんな小さな命でも、生まれてくることの意味っていうのは重要だよ。ただ食べられるためだけに生きているプランクトンにだって、意味はある。でも今、話すことなのかなあ」
「考えることに意味があるのよ。答えが見つからなくても、考えること。いい? 結果以上に大事なのは過程よ」
「うん、確かにそうかも。じゃあ考えてみよう。人間の生まれる意味だっけ。うーん……。正直、大人が考えても分からないことなのに、僕たちが考えて分かるとも思えないんだけれど」
「はー、ケビンは分かってないわ! 大人じゃないからこそ、分かることだってあるかもしれないじゃない」
 なかなかどうして、まだ子供だというのに双子はマセたことを言うのだ。人間の年齢でいうと十二歳。彼らにとっては、思考という行動こそが遊びだった。ディベートよりも自由で、答えのない永遠の遊び。二人いればこそ完成する遊びだ。
「二人とも、そろそろ町ですよ」
 双子にとっては、二週間ぶりの町だ。
 土の一本道を抜け、五メートル程の木のアーチをくぐると、華やかな町が目の前に映る。この国は特殊で、木のアーチをくぐらないと町が顕現しないようになっているのだ。だからくぐる前は、何もない平坦な道が見えていた。
 アーチを抜けると風景は一変する。黄土色だった空は輝く青色になり、所々に大きなビルが立ち並ぶ。地面は石造りで、街路樹が行き交う人々を見守っている。入り組んだ地形はまさに、都会と呼ぶにはうってつけだった。
「ねえ、ミー。玩具屋さんに行ってきてもいいかしら。何か面白そうなものが出てきたかもしれないもの」
「いいですよ。では、三時間後にここで待ち合わせにしましょう」
「はーい。あ、おむすびはいつ食べるの?」
「帰る時に一緒に食べましょう。お腹が空いたら、駄菓子屋さんに行ってきてもいいですよ」
 双子と別行動になり、ミアンナは町の中心部に向かった。
 今から向かうのは、人間用の褒賞店だ。何でも屋に近いお店で、戦士となった人間の褒賞ならば無料で貰えるのだ。店主に自身の名前と人間の名前を告げ、試合で勝利したことを確認してから初めて品物が渡されるのだ。
 褒賞店はコンクリートのビルの中にあり、一階が来客用だ。二階から最上階の十六階までは倉庫となっており、倉庫に品物が眠っている。もし倉庫にない褒賞を要求されれば、数日待つことになるが、静流が欲しているお酒は十分も待てば届けられるのだ。
 スライド式のドアを開け、ミアンナが褒賞店に姿を現すと、店主が手を振った。
「おーい、ミアンナちゃん!」
 部外者が入れないように垂直に伸びた、受付カウンターとの仕切りの向こうで小太りで髪が短いボーマが無邪気な笑みを浮かべていた。彼は目が小さく、白いスーツを着ていて丸眼鏡をかけている。
 受付カウンターに歩きながら、ミアンナはこう言った。
「こんにちは、ボーマさん。三戦目もシズル、勝ってくれましたよ」
「おほー。それはそれは! ワシもミアンナちゃんがそんな嬉しそうにしてるのみると、ワシも元気になっちゃいますな! いやいや、まあそれはさておき、今日はどうしますかな?」
「今までと同じものをください」
「任せなさあい!」
 一言一言が大げさで、声も大きかったが、ミアンナは特段彼の元気さが鬱陶しくは感じていなかった。
「なあところでミアンナちゃん、今度デートにでも」
「すみません。私、コーヒーとか飲んだことなくて」
「別にデートでコーヒー飲むなんて決まってないんじゃけどね。何その不思議な固定観念。まあいいわ! 分かってると思うけど冗談よ、冗談。二割くらい冗談!」
「あら、そうだったのですか。冗談ならよかったです」
「二割というところにつっこんで欲しかったんだけど、よく考えたらこの人ツッコムようなタイプじゃないわな……」
 この時間は空いていた。ビルが混み出すのは決まって夜なのである。
 ミアンナは、空いているオレンジ色のプラスチック椅子に腰かけた。ぼうっと、とりとめのない考え事に耽った。
 そういえば、今日は暖かいなあとか、お腹空いたなあとか。自動的に浮かんでくる考え事はどれも稚拙なものだった。その中で、静流の顔が浮かぶと、無意識にミアンナの視線は下に向いた。
 生まれてきたことを後悔するような、苦痛の記憶が蘇る。何千年経とうとも癒えることのない傷口が開いた。記憶というのはどれも泡沫のように儚いものだというのに、たった一つの泡が、ミアンナの心臓を締め付けた。
 扉が勢いよく開かれる音がして、ミアンナは現実に引き戻された。見れば、背の高い三人組の若い男達が喧しく笑いながら店に入ってきたようだ。
「昨日なんて俺三発もヤっちまった。あのビッチ、とんでもないイカれた野郎だったんだけどな!」
「聞いたことあるぜ、その女。自分の子供ぶっ殺したんだろ?」
「そんな甘いもんじゃねーよ」
 男はまだ笑っていた。
「俺とアイツがベッドの上でよろしくやってた時、アイツは誘拐した子供にその様子を見せてたんだよ。そのほうが興奮するって!」
 辛抱ならず、ミアンナは赤面しながら立ち上がって男達に向いた。
「あの、こういう場所で、大声でそんな話をしないでください」
 彼女は下品な話が嫌いで、耳にするのも苦痛だった。ましてや女性を卑下する話は言語道断だ。笑う話でもない。
 三人は黙って、ミアンナに向いた。すると一人の男が憎々しい笑みを浮かべ、ミアンナの腕を掴んだ。黒い髪をしていて、片目を髪が覆っている。下品な目つきでミアンナを見ていた。
「何を、離しなさい!」
「コイツはおーれの。いただき!」
「お前、こういう女好きそうだもんなあ。俺は昨日楽しんだし、今日はお前が楽しめよ。明日どうだったか教えろよ」
「確かお前は馬の調教師だったよな。この女も調教できるかね」
 双子がいないことが、ミアンナにとって何よりの救いだった。
 ただ悔しい。いくらもがいても力の弱いミアンナは男の手から逃げることができず、離せと命令しても聞く耳すら持っていない。だがこれは、このような体験は初めてではなかった。この国、ホリエナでは弱者差別が当然だったのだ。
 最下級である者には何をしても許される。殺しをしない限り、罪に問われることはないのだ。
 初めてホリエナに来た時、ミアンナが受けたのは侮辱だった。彼女の故郷、ヘリディヴィスは高貴な国で、ホリエナの民を差別する風潮があった。ホリエナの民は差別されていることを知っていて、互いに険悪な関係になっているのだが、ミアンナは民を差別する意識を持ったことは一度もなかった。
「離しなさい! なぜ私の言う事を聞かないのです!」
「うっせ」
 腕を掴んでいた男が、ミアンナの口を手で塞いだ。
「お前見たことあるぜ、ニーヴェルの女だろ」
 ニーヴェルとは、最下級者のことを指す言葉だった。ミアンナは耳にするにも痛い言葉だ。ニーヴェルとは、三界の神話に出てくる生物だ。その外見を言うなれば、腐った死体だ。ニーヴェルという種族は、他の全種族から差別されて、到底生命が暮らしていける環境ではない劣悪な空間での生を余儀なくされた。
「お前が指図できる状態じゃねえんだよ。分かるか? お前みたいな勘違いしてる奴を見るのはイライラするが、しっかり俺と遊んでくれたら許してやるよ」
「んー怖いねぇ。お姉さん、精々壊れないようにな。コイツ、下手すりゃ相手を殺しかねないからなぁ」
 出入口の扉が再び開かれた。その途端、またぞろ下品な笑い声が耳についた。少女の笑い声だった。
 ひとしきり少女は笑って、男達が沈黙している中で彼女はこう言った。
「なんだよ、イジメないの?」
 ミアンナよりも背の小さい彼女の名前は、デチュラと言う名前の守吟神エメージュだ。両目に黒い眼帯をつけていて、眉間で紐を交差している。眼帯には白い目が書かれているから、彼女の目は常に開いている。この国では珍しい黒のツインテールといった髪型で、全体的に黒と赤が織り交じった服を着ている。彼女はいつもスカートを履いていた。
「なんだ、嬢ちゃんもそっちのクチか?」
「そうだよ。その子と知り合いなんだけど、またイジメられてて思わず笑っちゃった訳! あー、愉快! ねえ、もっとイジメてあげてよ。その子イジメられるの好きなんだから」
 決してマゾヒストといった性質は持ち合わせていないのだが、口が塞がれていて話すことができない。デチュラの声でより一層猛りを帯びた男は、腕をきりきりと締め付けてきた。
 苦悶に歪んだミアンナの表情を見て、デチュラはいっそう口角を吊り上げた。
「お持ち帰りするの?」
「ああ、そうだぜ。俺好みに調教してやる。飽きたら捨てればいいだけだしな」
「素敵ね! よかったらあたしも連れていってくれない? もちろん、あたしはイジメる側よ。いいでしょ」
「おっと、そいつは頂けねえな」
 褒賞店に入ってきて、男は初めて不愉快そうな表情をした。
「なんでお前も一緒に連れていかなくちゃならねえんだよ。ガキは引っ込んでろ」
「ずるいわよ。一人で楽しもうだなんて! ていうかその子あたしの物なんだけど。あたしがいる所でなら好きにしていいのよ。だから連れていって」
 最早相手にすらせず、男はデチュラの横を通り過ぎて店を出ようとした。他の男二人はニヤつきながら黙って、ミアンナを目で追いかけている。
 まだ静流の褒賞を受け取っていないミアンナは腕を振りほどこうとしたが、上手に逃げることができず、覚束ない足取りで誘拐されそうになっていた。
 男が扉を開けて表に出た時、デチュラよりも小さな女の子がサングラスをかけて、男を見ていた。茶髪で、この子も短いツインテールでリボンが結ばれている。ワイシャツに黒いスーツといった格好で、見た目の幼さとは裏腹に危険なオーラを纏っていた。
「姉貴の言いつけを守らないとは何事だ、てめェ……」
 少女が口にするには遠すぎる発言が、彼女から飛び出していた。幼さの含まれる声にして威厳ある口ぶりだった。
「さっきの奴の連れか。面倒くせえな」
 よく見れば、彼女は口にペロペロキャンディーを銜えているではないか。腕を組んでいた彼女は、違う場所に歩き出した男の前に立ち塞がった。
「ガキ、いい事教えてやるよ。自分よりも歳がいってるやつには手を出さない方がいい。俺はガキには興味ないんでね。退いてもらおうか」
「見かけによらずキモい奴だなてめェ。姉貴の言うことを守れねえんだったら、ウチが教育してやるよ」
 男の注意が少女に移ったところで、ミアンナはようやく手を振りほどき、男から逃れた。男は後を追おうとはせず、ミアンナは褒賞店に駆け込んで、心配そうな顔のボーマに軽い会釈をしてから酒を受け取り、人々の目も気にせず走り出した。
 途中、デチュラに声をかけられたような気がしたが、関係ない。一刻も早く、あの下品な目をした男達から離れたかったのだ。
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