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文字数 4,397文字

 銃による接近戦の格闘術は、映画ではガン・フーと呼ばれていた。ガン・カタという別名もあるが、どちらも基本的な動作は同じだ。特にガン・カタの極まった映画といえばリベリオンだろう。あまりにも現実離れした方法で主人公の戦いは進んでいくが、映画というのは様々な手法で説得をするものだ。
 父との戦いで新たな型を取得した静流は、早くも鍛錬を行っていた。
 空砲の入った拳銃を両手に持ち、右手は斜めに、左手は頭の横を維持する。膝は軽く曲げ、右足を前に体の向きを斜めに。そして静流はイメージした。
 敵は左正拳を繰り出す。静流は右肘で受け、相手の手が引かれるのを待ち右の銃を上空に投げ、右ローキック、右ボディブロー。落ちてきた拳銃を掴み防御の崩れた顔面に撃ちこむ。
「だめだ。俺にこの型はまだ早すぎる」
 自室、銃をベッド脇のサイドテーブルに置いた静流はフェンの注いだスポーツドリンクを一気に飲み干した。上半身は汗まみれで、髪から汗が滴り落ちる程だ。フェンは白く分厚いタオルを静流に渡し、役目を終えると柔らかなベッドに腰掛ける。喉の渇きを潤した静流は、再び型の構えをした。
「フェン、構え自体に難はあるか」
「私に分かると思う?」
「考えろ。まだ何かが足りない。パズルが一ピース欠けてるどころじゃない、百も足りてない」
 軽々と立ち上がったフェンは、美しい彫刻を見ているかのように足を動かしながら頭を働かせていた。
 唯一、銃の取り扱いだけは静流と肩を並べることができるだろう。父親に幼い頃から教えられていたからだ。だが、フェンが持っていたのは一丁だけ。二丁で、尚且つ接近戦で戦うのは常軌を逸している。
 だからこそ静流は型を完成させたいのだろう。戦いで突くべき場所は腹や眉間だけではない、意表だ。
「右腕、少し前に伸ばしすぎてるのは違和感があるかも。肘を少し曲げた方が自然な形だし、咄嗟の判断がとりやすくなると思う」
「分かった。左はどうだ」
「思うんだけど、銃は同時に発射するわけじゃない。あくまでも片方ずつ、だよね――それなら、左の銃口は真上に向けて、顔より斜め前で九十度に肘を曲げていたほうがいいんじゃないかな」
 構えを違えれば、全てを間違う。新たな型の開発は研究そのもので、静流はフェンの言われた通りの構えをした。右腕は少し弾いて肘を曲げ、左手は顔の前で九十度に肘を曲げる。
「なるほどな。左は牽制と防御を兼ねてるわけだ。確かにさっきの俺の構えじゃ、防御が甘い。それでいて、手首を曲げれば簡単に攻撃態勢に移せる。銃だからこそできる技、だな。右は銃による打撃力の向上と、中距離からの攻撃を可能とする。防御、攻撃、追撃。この構えだと、その三拍子が揃えられるわけだ」
「そこまで考えてなかったんだけどね。こうした方が戦いやすそうって思っただけで。だから正解は他にもあるんじゃないかな」
「最適解は他にもあるだろうな。だが言われた通り――」
 静流は膝を勢いをつけて曲げ、右の銃口を斜め上に向けて空砲を放つ。次にやや体を捻らせて中断蹴りを見舞い、元の構えに戻ると同時に左手首を曲げて銃口を相手に向け、放つ。
「さっきの何倍も戦いやすい。生きてる内にこの技を取得してりゃ、もう少し仕事も簡単だったろうに」
「静流の仕事は一対多数でしょ。そっちには向かないんじゃないかな」
「そうかね。ジョン・ウィックやジョン・プレストンは常に多勢との戦いだった」
「映画の話じゃん。あそこまで超人になれたら、そりゃ誰も苦労しないよ」
 一仕事終えたフェンは、再び毛布の上に座って、両手でカップを包んでココアを飲んだ。対する静流は、型を忘れないために体に刻みつけるべく、様々な攻撃の流れから瞬時に構えに戻すという訓練を開始した。
 ジャブから構え、蹴りから構え。防御から構え、回避から構え。
 訓練を続けていると、誰かが部屋をノックした。静流はテーブルにかけられていたタオルを取り、銃を置いてからドアを開けた。
 廊下に立っていたのはラウレンス一人だった。
「こんにちは、シズル。様々な朗報を持ってきました。時間がかかってしまい、申し訳ございません」
「誰も責めやしない。それより、どんな情報を持ってきてくれたんだ」
 中にラウレンスを招き入れると、フェンと彼は互いに軽い挨拶をした。
 静流が椅子に座るのを見てから彼は、デチュラから預かっていた手帳を取り出して付箋のあるページを開いた。
「旧人には罪のルールがあります。罪を犯すと歳を重ね、最後には弱りきって死んでしまう。また、旧人が旧人を殺めると八界という、別名で死層しそうと呼ばれる場所に永久に閉じ込められる。以上のことから旧人は旧人を殺める術は持ちませんでした。ただ一人の大罪人を除いて」
「大罪人。どんなことをやらかしたんだ」
「歴書には、こう書いてあります。名前はアゼット。彼は六番目の旧人とも呼ばれます。三界に、人間が来た順番を指してます」
「そいつが何をしたのかは端折っていい。どう朗報なのかを教えてくれ」
「アゼットは八界に囚われています。要するに、旧人を殺めたことがあるということです。武器を使って。手帳にはその武器について詳しく書いてありました」
 手帳に目を向けると、小奇麗な文字がビッシリと敷き詰められている。それを見たフェンは思わず顔をしかめる程で、ずっと見ていると文字が踊りだしそうだった。
「書いてある内容を要約してくれ」
「武器の名前はカスティーナイフ。刃渡りは十二センチで、鉄でもプラスチックでもない、地球上に存在しないエネルギーを使って型が取られ、そこに旧人の血とエーテルを混ぜ合わせ凝固したものが塗布されています。更に、刀身には呪文が刻まれているのです。その呪文こそ、旧人を真の意味で殺害するものでした」
「真の意味でというと、どういうことだ」
「魂ごと、滅却めっきゃくするのです。普通旧人は罪のルールで死んでしまったり、誰かに殺害されてしまった場合は五界に戻ることになります。だがこのカスティーナイフは、それすら許さない。旧人なら誰もが知っている、恐ろしい武器です。そのため人間にはなるべく知られてはならない代物です。おそらく、私たち以外に知っている人間はほぼいないと断言してもいいでしょう」
 どうしてデチュラが手帳を渡したのか、それは武器についての説明を省略したかったからだろう。後々、ディーグと戦うときに必要になるかもしれないのだ。
「問題は、どこにあるかだよね」
 唇にココアの跡を残しながら、フェンは真っ当な意見を述べた。ラウレンスは場所について触れる前に、人差し指を上に向けた。
「一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか」
「歓迎する」
「私の見る限りですと、本物を手に入れるよりもレプリカを作成したほうが早く事が済みます。レプリカの作成ならば、私の主人でも可能でしょう」
 武器に変装させるという作戦は、太古から存在する。それだけありきたりな作戦だった。
「もし本物じゃないってアルカディアが知ったら、どうするつもりだ。失敗は許されないんだぞ」
「ええ。ですがさっきも申したように、人間で他に知っている者はいない。アルカディアからすれば、知らないはずの人間がなぜかその情報を知っていて、本物か偽物か分からないナイフを突きつけられている状況。その状況に追い込んだ時点で、我々の勝利は近い」
「つまるところ、どうなるわけだ」
「ミオンを解放しなければ刺すと言いましょう。そうすればアルカディアに、ハイリスクを強いることになる。目の前のナイフが本物だった場合のリスクは計り知れない、魂ごと消されるくらいなら、一人くらいの人間は簡単に放すでしょう」
「そうだな。だがもし、アルカディアが死を恐れていなかったら。死んでもミオンを取ると選んだら。そもそも、偽物だと一瞬で見破られたらどうする」
 提案された作戦は理に適っていた。だからこそ静流は不安を拭えないのだ。五界と違って、三界は常識が通用する場所ではない。人間の考える作戦で、順調に物事が進むとは到底思えないのだ。旧人は、高い知脳と能力を秘めているのだから。
「シズル、大事なのは選択を迫ることです。選択を迫れば旧人でも一瞬の隙ができる。その隙に、ミオンを救出するのです」
「どうやって」
「医療用のテレポーターですよ。シズルも見たことはあるはずです」
 以前、道端でディーグに会った時にカミツナギが使用していたものだ。テレポートする時に体全体の健康度合いを検知し、傷や病名まで分かる優れものの機械だ。
「病院に運べば管理は厳重ですから、いくらアルカディアであろうと手出しはできません。更に――」
 ラウレンスは次の付箋まで、手帳を捲った。
「主従のルールというものがあります。基本的に従者、つまり人間は主人の所有物として扱われるため、一方的に縁を切るような真似はできません。ですが、裏のやり方がありました」
「そんなことまで手帳に書いてあるのかよ。大丈夫なのか」
「デチュラ様も、私共を信用してくださっているのでしょうね。それで人間から縁を切る方法なのですが、まず五界まで思念体を飛ばす必要があります。五界を幽霊のように歩いた経験はありますか?」
「あるぜ。フェンと一緒に歩いた」
「ならば話が早い。便宜的に五界にいる状態をゴーストと呼びます。ゴーストの時、他の旧人に自らの体を差し出す。自分が旧人の器となるのですね」
 よくトンデモ理論という言葉を見聞きする静流にとって、今のラウレンスの言葉全てが言葉通りだった。頭を追いつかせるためには、チョコレートを幾つ食べればいいだろうか。
「その器となった状態で主人のところまで出向き、一方的に主君関係を断ち切ることができ、野良の人間となるのです」
「今から俺が言うことで何か間違いがあったら教えてくれ。つまり、カスティーナイフのレプリカを作ってアルカディアの家に押しかけ、隙をついて病院にミオンをテレポートさせる。その後、ゴーストとなって五階に行かせ、他の旧人に乗っ取らせてアルカディアの前まで連れていく。合ってるか?」
「さすが、六龍は違いますね。飲み込みが早い」
 五界でファンタジー小説を読み漁らなかったことを後悔する日は、きっとこれから先も続くのだろう。
「三時間もすればすぐにレプリカは作れます。その間に、私とシズルでアルカディアの家付近を見回っておきませんか? 偵察です」
「そういう現実的な案なら大歓迎だ。フェンはこの話をかいつまんでミアンナに説明しておいてもらえるか。双子で世話を焼いてないといいが」
 フェンは「分かった」と返事をすると、カップを持ったままそそくさと部屋を後にした。
「よし、じゃあ俺たちも行動するか」
 その後、静流は事前に調べておいたアルカディアの住所の所へ、ラウレンスは守吟神にレプリカの作成を頼むため、一度家まで帰ることになった。
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