第2話 7月 学歴コンプ
文字数 1,767文字
大通りの天神町にある映像授業が主体の塾で、私はそこで雑用や学習サポートを行っている。子ども相手は好きじゃ無いけど、近いという理由で。
最初、生徒が見ている映像授業をなんとなく一緒に見たときは、愕然とした。
自分がこんな教材を使っていたのなら、効率よく東京繊維工業大学に受かっていたのではないか。映像がわかりやすくコンパクトで、大切なポイントが把握しやすいのだ。
自己流の効率悪い勉強をあんなに繰り返さないで済んだかも知れない。
その恩恵を生かせない塾生達が、居眠りしながらヘッドフォンをしている。
この子達は、親の資本と、主に母親の執念で舗装された道路を走っている。その優位性にまったく気づいていない。
たんぽぽ食堂に帰ると、天神アカデミーとは真逆の子ども達が来ている。
大山さんが連れてくる、お腹をすかせた子ども達。
大山さんは定期的に、栄養不足と思われる貧困世帯の子どもを見つけてくる。お風呂に入っていないようなボサボサ頭の
「あれ、大山さんの自腹でご飯を食べさせているんだよ」
と、麦倉先輩から聞いた。
最初に大山さんを見たとき、あまりに痩せていて質素な身なりなので生活保護でも受けているのかと思った。
実は元校長先生で現在は民生委員をしていると、それも麦倉先輩から聞いた。
「何言ってんの、村瀬サン。大山さんは生活保護の相談を受ける側の人間だよ。人を見る目がまだまだですね」
自分の人を見る目のなさはわかっていたけど、麦倉先輩から言われるのは釈然としないものがあった。
大山さんについて驚くべきことは他にもあった。
自分の生活のための年金を持ち出しして慈善活動をしているというのに、常に腰が低いのが脅威だった。誰に対しても敬語なのだ。
「村瀬さんはどのような研究をなさっているのですか?」
「いや、あの、まだ研究なんて、とてもとても、今のところ基礎を勉強している最中で」
「専攻はなんですか?」
「バイオ工学システムっていう、泉工医大では地味な分野で」
「それを志した理由を、さしつかえなければ教えていただけますか?」
「あっ、あのですね、母が薬剤師なんですけど、私は薬を作るところから勉強したいっていうか、難しいのはよくわかっているんです、わかってはいるんですけど、その、薬を発見する現場に立ち会いたいっていうか」
そばでニヤニヤ聞いていた八島君がチャチャを入れる。
「村瀬さんは、新薬の発見にいっちょ噛みしたいんだ」
大山さんはまっすぐな目で、
「素晴らしいですね、村瀬さんの研究で救われる人が現れますね」
大山さんの言葉に、汗をかき恐縮しまくっていると、厨房から畑中さんが顔を出す。
「村瀬さんすごいのね、いつも勉強にバイトにご苦労様」
と揚げたてコロッケを出してくれる。
ざく切りタマネギとたっぷり入ったコーン。私は出来たて料理のすさまじい美味しさというものを、たんぽぽ食堂で知った。
実家では忙しい母親の代わりに私が夕飯を準備していたけど、すぐに面倒になってスーパーで半額になった惣菜ばかりを食卓に並べていたのだ。
畑中さんは淡々としているけど、かなり手際がよくてスキルが高いと思う。
それにどの料理も味わい深い。
私の憶測だが、畑中さんは両手に料理に特化した発酵を醸し出す、微生物を飼っている能力者なのではないだろうか。
私と八島君は、近隣住民が「地元の国立大学の学生」と一目置いてくれるので少しスカしてはいるけど、実は学歴コンプの塊だ。
余計なプライドを持て余して「本来自分が居る場所はもっと上だったはず」そんな風に考えている。
大山さんの前ではきれい事を言ったけど、薬学科は女の比率が多いからNGとか、小さい頃から弟達一辺倒の母親を越えたいと思ったとか、どうせ私はモテないから自分で稼げるようにしなければとか、あんまり人と接しないような職業に就きたいとか、諸々の鬱屈した考えの結果ここに辿り着いた訳なのだ。
そんな私達だが、大山さんと畑中さんの前では毒気を抜かれて静かにになる。
2人の裏表無い言葉をじっくり脳内で
私達は大山さんと畑中さんには逆らえない。この2人には嫌われたくないと思う。2人はその意味で最強だ。
強さってなんだろうと思う。