第10話 12月 大山チルドレン
文字数 3,288文字
というより、私の教え方が見ていられないのだそうだ、失礼な。
子ども達の「なんで?」「どうして?」という問いに対する、私の返しがひどいと口々に言う。
「そういうものだから仕方ない。教科書通りそのまま覚えなさい」
それのどこがいけない。一体何が疑問なのだ。今のところ教科書は、先人達が築き上げた世界の定説だ。その通りに、教科書通りに覚えれば済むことだろう。
月の満ち欠け、星座の運行のあたりでトウイ君が、
「証拠は?」
と言ったので、この小僧 ”NASAが真実を隠している” というような陰謀論信者なのかと驚いた。が、私の反応を見てこちらの力量を探っているのだとすぐに気づいた。舐めた真似をする。
またミントちゃんの場合すぐに勉強に飽きてしまい、適当な質問をして時間稼ぎをする。適当な質問には適当な受け答えをしていたら、それもあんまりだと二人は言う。
麦倉先輩に言わせると、
「村瀬サンは自分がわかっていることは当然みんなもわかる筈と考えているでしょ。わからないのは努力不足と思っているでしょ。あの子達、分数辺りからあやふやだからさ、そこからやり直した方がいいと思うよ」
私はその時、「なら、お前がやれ」という顔をしたらしい。
したかもしれないけど、そっちの受け取り方次第だろう。被害妄想でいちゃもんつけるのはやめて欲しい。
結局、麦倉先輩が算数、数学科目担当になった。
「要領の良さそうな村瀬サンにはわからないよ、泉工医大第一志望で浪人した俺と、こいつらの泥水をすするような気持ちなんてさ」
いつの間にか大山チルドレンに感情移入しまくっていた麦倉先輩。以前の面倒くさい麦倉先輩が帰ってきた。
麦倉先輩はまず、分数つまづき組のトウイ君、ソウル君、ミサキ君、ミントちゃんに、簡単に解けるような問題を用意した。
「まずはウオーミングアップね」と気楽に問題を解かせて、
「なんだ、思っていたよりできるんだね」
小僧小娘達のすまし顔。私には見せたことのないようないい姿勢で。
中1のダイヤ君、ユメト君、レンちゃんと、しっかり者の小6のカイ君は八島が担当した。さっそく期末テスト対策らしい。4人に小さい紙を渡して、
「今からカンニングペーパーを作ってね」
私はカンニングという言葉にギョッとして振り向く。
「今日は社会科目。カイ君も、テストがあるとしたら先生はどこを出すかなーって考えて作ってね」
4人ともテストに出そうなワードを厳選するため教科書を読み込み、タテヨコ10センチほどの紙に書き込んでいった。大山チルドレンにしては集中している。これならカンニングペーパーに書いた内容は、テストまでに頭に入るだろう。さすが、効率とかコスパとか大好きな八島らしいやり方だ。
ただし、見当外れなことをやっていないかはチェックする必要がある。例えば単語だけ全部書き出すとか。
さり気なく覗いてみると、意外なことに小僧小娘達は、八島の意図を理解していたのだ。私は小僧小娘達を、『貧困層の子ども』という記号でひとくくりに見ていたかもしれない。
滑り出しは快調だった八島先生だが、長くは続かなかった。
八島は私達のなかで一番承認欲求が強い。
善行に対しては、それなりの見返りとして感謝や賞賛が欲しいのだ。大山チルドレンが八島に対してリップサービスをするわけもなく、八島が学習補助をしている場面をそうそうSNSにアップするような需要もない。
そして大山チルドレンはすぐに勉強に飽きてしまう。教えても反応が悪いので、八島はすっかりヤル気を失った。八島は感動ドラマでも発生すると思ったのかな。大山チルドレンに対し期待しすぎだ。
最終的に八島は実験レポートや課題に追われ、他人を構っている余裕は皆無となった。
それでもカイ君だけは一人、八島から教わった勉強法で教科書を読み込んで自習している。
私はカイ君を見ていると不思議な気持ちになる。泥の中から蓮の蕾がスッと出ているような映像がオーバーラップするのだ。
親が破産したと聞いたけど、どんな家の子なんだろう。
「カイ君の名前ってどういう漢字なの?」
「開くのカイです」
へえ、てっきり ”海” だと思っていた。
「外国人も呼びやすいようにってお母さんが」
「……なるほど」
意識高いな。天神アカデミーにもそんな意識の高い親はそうそういないぞ。
私と百川先輩は、大山チルドレンに関しては勉強を教えることに向いていないという認定を受け、レクリエーション担当となった。
教え方が私は上っ面、百川先輩はマニアック過ぎるらしい。図星だったのでムカついた。
私と百川先輩の方が、麦倉八島ペアよりGPAが上だというのに。
宿題が終わったら、種原山自然公園にバスケをしに行く。
今日は、ダイヤ君、ミサキ君、トウイ君、カイ君、キララちゃんを連れて。こんな寒空の下バスケをする人は少ないみたいで、コートは大体空いている。
バスケ初心者だった百川先輩はすぐにボールの扱いに慣れた。
私は全力だけど、先輩には大幅に手加減してもらっている。だってリバウンド全部取られちゃうし、マークされると抜けないし。大きいせいか、しょっちゅう私とぶつかって「ごめん」と笑っている。
最近見直したのはダイヤ君だった。
いつもは無気力なのに、バスケ中は「ナイス」「ドンマイ」「惜しいよ」を連発して仲間思いなのだ。
私も中学高校の時に、チームメイトからこんな風に声をかけられたかったな。私も声かけしなかったから仕方ないけれど……ダイヤ君から学びがあるなんて。
待てよ、仲間思いはいいけど、それっていい環境にいないとまずくないか?
別の日に私はダイヤ君の正面に座って言った。
「ダイヤ君は悪い仲間とつるむんじゃないよ」
「それってダークサイドに落ちるなってこと?」
「そう。ダークサイドは隣り合わせ。悪魔は美味しい話に見せかけた毒を持って、優しげに近寄ってくるから、それを見極める心の眼を持つこと」
弟達の厨二病会話に慣れていてよかった。
「わかった」
「それと、夜は結界が破られてしまうから出歩かないこと」
「わかった」
言った後、少し考えた。もしかしてダイヤ君の家こそ、結界が破られているのではないだろうかと。ダイヤ君は一体どのような境遇なのか。
「ダイヤ君の境遇ですか?」
丁度パトロール帰りの大山さんに尋ねた。
種原山に風花が舞っている。
年季の入ったグレイのネックウォーマーと耳当てと手袋。軍手のようにも見える。綿がぺしゃんこになった黒のダウンジャケット。これが大山さんの冬の装備か。なんとも心もとない。
「ダイヤ君は母方のお祖母さんと2人暮らしです。1年ほど前ですか、ダイヤ君単身でここに引っ越してきたのは。お祖母さんの収入は自分の国民年金だけでしてね、いわゆる貧困家庭です。亡くなったお祖父さんは左官業だったのですが、おっと、これは個人情報ですね」
「両親は?」
「健在です。どちらも再婚して子どもがいるそうです」
「養育費は?」
「どちらも余裕はないのでしょう。お父さんは博多、お母さんは名古屋にいるそうですが音信不通ですね」
ダイヤ君もタンポポ落下傘部隊だったのか。
賭けのように身一つでここに移って来たのか。思考がまとまらない私を見て大山さんは、
「でもダイヤ君は、お祖母さんがいてくれてよかったと言っていますよ。ただお祖母さんの不整脈が心配です」
今の境遇の方がマシなんだ。きっとダイヤ君にしかわかり得ない雨風を乗り越えてここに飛んで来たのだ。
バスケを終えて遊歩道を下って行くとき、必ず「芽依ちゃん、またバスケやろうね」と念押しするダイヤ君。
「この場合は、どの石を使ったらいいんですかね」
「石、ですか?」
「これから起こりそうな不幸を無効にする石ですかね。傷を修復する石ですかね。ダイヤ君を顧みない両親に報いを反射させる石ですかね」
「……村瀬さん、ありがとう」
私ははっきり言って子どもなんて好きじゃない。
野良猫のような子どもなら尚更。なんで私があんな野良猫たちのことで憤るのか、意味がわからない。