第25話 8月 不審者襲来~種原病院へ避難~
文字数 1,945文字
私がモスグリーンのロングTシャツとアイボリーのチノパンを選んだところ、碧に即座に却下された。「いつも同じような服ばっかり」と。
代わりに碧が選んでくれた服は、少し胸元が開いた大人っぽいベージュのブラウス、涼しげな生地のブルーグレイのワンピース、チャコールグレイの巻きスカート。
「無難で着回ししやすい服も欲しい」と言ったら、オフホワイトのカットソーと、一見スカートに見える紺色ワイドパンツを選んでくれた。カットソー、ジャストサイズ過ぎるな……
「芽依はダボダボの服ばかり着ちゃダメ、ウエストが細いんだから出さないと」
「貧乳を隠したいの」
「じゃあ高機能ブラも買うわよ」
それから、百川先輩への誕生日プレゼントも買った。
8月27日は確か誕生日だったはず。
話しかけてこれを渡して反応無かったら、すっきり諦めてこだわらないようにするんだ。
新しい彼氏でも見つけようかな、大学には男子が山ほどいるんだし。
今度は怖くなくて楽な人。あんまり好きになるとしんどいから、ほどほどに好きになりたい。
新しい服を買ったはいいけど、夏休み中に着ていく場所は食堂とバイトだけだった。わかってはいたけど。
塾長が、「あれ? 雰囲気変わった? 大人っぽいね」
店長さんと事務局長さんは、
「いいね、似合っているよ」
「うん、女の子らしくてかわいいね、あ、そういうこと言うと、フェミニストに叱られちゃうのかな?」
「 “かわいい” もセクハラになるかもよ」
「オジサンが褒めるとリスキーだな! もうよくわかんねえや」
思わずクスッと笑ったら、おじさん達の反応がすこぶるよかった。なんだ、男の人への対応ってこんな簡単でいいんだ。
バイト帰りだった。
夜8時を過ぎたところ。大通りから泉工医大に続く脇道に入って歩いて行くと、あたりは次第に暗くなってくる。夕方降っていた雨は上がっていた。
気のせいかな、ずっとついてくる人がいる。
塾の行き帰り、最近誰かに見られているような気がしていた。自意識過剰かな。
……やっぱり足音が段々近づいてきているような気がする。周囲には誰もいない。
焦った私は、思わず走り出した。
やっぱり追いかけてきた!
まだ食堂までは少しある。もう閉まっているかもしれない。どうしよう。足音が迫ってくる。種原病院の明かりが見えた。
「9時まで夜間透析をやっているんだ」
前に先輩が言っていた。
勢い余って自動ドアにぶつかり、『押してください』スイッチを何度も押す。
開いた!
私は病院のロビーに転がるように倒れ込んだ。
振り返ると、黒いトレーニングウエアに黒っぽいタオルで口元を隠した男が、頭を掻きながら後ずさりして走り去って行くのが見えた。
自動ドアにぶつかった音に気づいた若い看護師さんが近寄ってきた。
「どうしたの?」
息が上がって震えて上手く話せない。
「お……男が、追いかけて、きて」
「不審者ね! 最近目撃情報あるのよ!」そのまま奥に向かって
「局長、いますか!」
もう一人出て来ていた年配の看護師さんが、
「ほら、ここに座って。大丈夫?」
浄水器からお水を持ってきてくれたのは、ロビーでテレビを見ていたお婆さんだった。ソファーに座って、紙コップを震える両手で受け取る。
奥からパタパタパタとサンダルの音がして事務局長さんが走って来た。
「村瀬ちゃんじゃない、え? 不審者が出たの?」
私は首を縦に振った。
「警察に通報してくる」
そのまままた奥に戻る途中で振り返り、
「誰か呼んで迎えに来て貰う?」
ショックで返事ができないでいる私を見た事務局長さんは、
「モモちゃん呼ぶね、今日は7時で上がったから」
事務室に戻って電話をしている声が聞こえてきた。
どうしよう、先輩、迎えに来てくれるのかな。
もし来たとしても「何で俺が」って不機嫌な顔をされたら、今の私には耐えられない。
今日のワンピース姿を見て、そんなチャラついたカッコしているから襲われるんだって思うかもしれない。
それから私は、得体の知れない不審者に駐車場で追いつかれてそのまま襲われて乱暴されていたらと考えたら、今度は吐き気がしてきて、トイレの場所を教えてもらって少し吐いた。
膝小僧が擦りむけて血が滲み、ワンピースの裾が汚れていた。ベージュのフラットシューズが泥だらけ。
口をすすいで手を洗って、まだ足がガクガクするので壁伝いにトイレから出てくると、ロビーの真ん中で百川先輩が仁王立ちで立っていた。
先輩は私を見つけると、怒ったような顔で突進してきて、私の両腕を掴み、
「怪我は?」
「……大丈夫」
私がかすれ声でやっとそう答えると、先輩は泣きそうな顔になった。
そうこうしているうちに、警官が到着した。