第17話 4月 ビッチ・サイトシーイング~百戦錬磨の処女~
文字数 3,056文字
お店の女の人は入れ替わりが激しいけど、何人かは定着していて、そのうちの一人に美帆さんがいたの。美帆さんは四十を越えていて一見普通のオバサンに見えるのに、リピーターが多くて不思議だった。美帆さんに理由を聞くと、
「知っておいて邪魔にはならないから」
と、中学生の私にいろんなテクニックを教えてくれた。
「もしレイプされそうになったら、ここをこうして、こう。抜いてしまえば男は大人しくなるのよ」
導入はライフハックのような感じだったけど。
美帆さんはいつも清潔でクチナシのような甘酸っぱい香りがしていたなぁ。
今思うとあの頃の私は思春期のせいか、ちょっと変だったと思う。
最初はふざけ半分好奇心で、幼なじみの同級生に美帆さんから教わったテクニックを試してみたの。
限界集落の小規模な中学校だったからすぐに噂が広まって、男の子達が土下座の勢いでお願いしてくるようになっちゃって。
あんなに必死にされると断り切れないの。
「あいつにはやってあげて、なんで俺はダメなんだよ…」なんて悲しそうな顔されるとね。
……え? そんなこと無い? みんな呆れかえらないで、まだ導入部分よ。
美帆さんからの「くれぐれも挿入だけはさせないように」という教えを守り、処女は死守しました。
本当。今もまだ処女。もうすぐ二十歳になっちゃうのに。
みんな驚いた?
段々と思春期の荒波が治まってくると、失敗したなって気がついたの。
男の子に真面目な話をしてもニヤニヤされるようになって。自分で自分の価値を下げてしまったんだなって。
ここから脱出しよう、生まれ変わろうって思って必死で勉強して、遠く離れた泉水北高を受験したの。とにかく知り合いのいないところに行きたかった。
何かね、早朝の電車に乗って地元から離れると、ちょっとした旅行に行く気分になったの。
毎日の通学が観光気分よ。色々見聞きして楽しもうって。
今までとは違うことをしようと思って、電車ではスマホを止めて本を読むことにしたの。心理学の本を読んで、私がビッチになったのは承認欲求からきていたのかもって思った。親から放任されていたから、誰でもいいから必要とされたかったのかなぁ。今ではもう大丈夫。承認欲求は手放している。
高校では面白い女の子と友達になったの。沖めぐみちゃん。沖ちゃんが持っていた百合本にハマったのよ。清楚で可憐な女の子達が絡む世界。私もこんな女の子になりたかったなぁ。
なに? 転生しないと無理? うるさいなぁ。
沖ちゃんはね、福祉医療学部の看護学科にいるよ。一緒に受験勉強したんだ。
高校では目立たないよう大人しくしていたつもりだったんだけど、2年生の時、厄介なヤツに目をつけられたの。
神田いずみっていう承認欲求の鬼、マウンティング横綱。クラスの派手グループの女王様よ。
「北里なんてオタサーの姫じゃん、ダサい癖になんか余裕かましてムカつく」
陰で言っていたみたい。
ちょっと、みんな笑いすぎ!
神田グループのチャラ男、卯月君が急に私に告ってきた。
「ずっと気になっていた、つきあおうよ」なんて。
即、断ったら、怒りだしてそのあと慌てて謝って、1週間つきまとってしつこくて。最後にやっと罰ゲームなんだって白状した。
私をその気にさせてヤって、一部始終を実況中継するつもりだったみたい。最低よね。
でも、
「北里に振られたってバレたらイジり倒されるから、つきあっている振りだけして、夏休みの間だけでいいから、お願い、お願いします」
すごい困った顔して頭を下げてきたので、ちょっと可哀想になっちゃったのよね……
「夏休みの間だけ、振りだけね」ってOKしちゃった。
わかっています、私が悪いです。
そうしたら、映画行こうとか花火大会行こうとか卯月君強引なの。
私も夏休みだしちょっと開放的な気分になっていて、ペースに乗せられちゃって。
デートしているときも、隙あらばって感じでキスしようとしたり体に触れてきたりするのよ。俺は同世代の中でも経験豊富、遊び慣れているんだぜって顔して。カワイイよね。
え? もう突っ込まないって?
でもね、段々エスカレートしてヤンチャが過ぎるようになったから、花火大会の時に野外で果てさせてあげたわ。
……手よ、手しか使っていないわよ、ちょっとみんな引かないでお願い。
それから卯月君、甘えん坊のストーカーみたいになっちゃった。
「10分に1回は北里のこと考えている」
「花火大会覚えているよね? 」
なんてしつこくて。無視したけど。
夏休み明けると、卯月君が変だって神田女王様がお怒りになっていて、グループがギクシャクしちゃったみたい。
それで今度はグループの戸村君がやって来た。
音楽室の楽器置き場に連れて行かされて。「ヅキと何があった?」って。
戸村君は182センチくらいあって顔がカタギじゃないの。しかも神田の彼氏。あーもう、私は早く沖ちゃんと駅ビルに行きたいのに。
「何も無いよ、用事があるから行くね」って言ったら、急に肩を掴まれキスしてきた。
終わってからドヤ顔して私の反応を見ているから「もういい? 行くね」と、出て行こうとしたら戸村君赤鬼みたいな顔して、今度はもっと乱暴に壁に押さえつけてきて舌を絡ませてきて。
もう、しつこい! って思って、私の舌技と指技の応用編を使って主導権を奪ったの。
あっという間に大人しくなった戸村君を椅子に座らせて、「戸村君、びっくりさせないで」って背中を撫でると「ごめん」なんて子どもみたいになったから、「今のは内緒にしようね」と約束したの。神田にバレたら面倒だし。
猛獣使いみたいでしょ。
それから戸村君も私につきまとうようになって、神田が孤立してグループは空中分解。もちろん神田は怒り心頭よ。
下位取り巻きに頼んで私の中学時代を調べたのね。ある日のお昼休みに、教室で鬼の首を取ったかのように声を張り上げて、
「北里さん、あんた、雲間温泉のビッチって言われていたんだって? 頼めば誰とでも寝るんだってね、それで地元にいられなくなったの?」
あー……せっかくの観光気分もお終いか。
そうしたら意外にも卯月君と戸村君が「いい加減にしろよ、北里を悪く言うな」「おまえちょっと落ち着けよ、大丈夫か」って返したもんだから、神田はショックでフラフラ教室を出て行っちゃった。
私が一番心配したのは沖ちゃんの反応。恐る恐る振り返ると、沖ちゃんは目をまん丸くして、
「聖ちゃん、攻め?」
「まあ、そう、だね」
「さすが聖ちゃん、すごい!」
本当に嬉しかったな。沖ちゃんは物事にこだわらないし、発想が飛んでいるの。
それから卒業まで何故かクラスのご意見番的存在になった。
割と女の子の相談に乗ったのよ。「彼を喜ばせるにはどうしたらいいの?」とか。高校時代は、最後まで観光気分で楽しむことができた。
……大学でも身バレしちゃったか。ゴシップは秒で拡散されるよね。まあ、何となく予想はしていた。
碧なんて潔癖症だから私みたいな女、生理的に無理でしょ。
え? テレゴニー? 何かで読んだことある。それ都市伝説の類いでしょ? ……精子の中心体に逆転写酵素がある場合、遺伝子に組み込まれるって?
いやいやいや……
でも心配してくれていたんだ、嬉しい。碧の発想も飛んでいるね。
私もそろそろちゃんとした彼氏が欲しいな。芽依を見ているとそう思う。
クリスマスのとき思ったけど、百川さんて芽依しか見ていないよね。