第38話 11月 グリちゃん危機一髪③~先輩、性癖を白状する~
文字数 1,896文字
諒君は玄関口で私を見つめたあと、静かにキスをしてきた。いつものようにズカズカ入ってこない。
「最近、変。なにかあった?」
私の顎を親指で持ち上げたまま不安そうに覗き込む。
なんでも無いよとか言いそうになるのを堪える。波風立てるのは怖い、震えちゃう。もう涙が滲んでくる。
でも諒君だって「思っていること言えよ」って前に言っていたし。
まずは軽くジャブ。
「……諒君、ごめんね」
「なに、なんなの」
「私、胸小さいから、つまんないでしょ」
「なに言ってんの、そんなことないし、ほんとに」
「だって、巨乳のセミロングと、浮気していたって」
「していないよ! 誰が言った!? ……いや、まず、座ろう」
私達はベッドを背に並んで座った。
諒君の目が険しい。いったいどこから漏れたのかと、ルートをたどっているのかも。それより正直に話して欲しい。ごまかそうとしたり嘘をついたり開き直ったりしたら、心底がっかりしてしまいます。未遂なのだから大丈夫、お願い『ごめん』って言って。
長い沈黙のあと、両手で顔を覆いため息をついて、諒君は観念したかのように話し出した。
「信じてもらえるかどうかわからないけど、ありのまま正直に言う」
「はい」
「……6月頃からかな、同じ科の女に飲みに誘われるようになったんだ。全然好みじゃないし、いや、芽依がいるからずっと断っていたんだけど、芽依にひどいこと言って会わないでいたとき、あのときどうかしていたんだ。お盆のころかな、たまには気晴らししようって誘われて飲みに行って、それで悪酔いして、休んでいこうってホテルに連れて行かれて」
そこで意を決したように両手で私の腕を掴んで、
「でもヤッていない! 本当に。ホテルの前まで行ってから、俺なにしているんだって我に返って断ったんだ。ボロクソ言われてビンタされた。嘘じゃ無い。誤魔化しているみたいに聞こえるけど、本当、信じてください。あっ、頬の引っかき傷がそのときのだよ、芽依見たよね」
「巨乳セミロングに誘われて飲まされて、酔ってホテルの前まで行ったけど、土壇場で断って帰った……ってこと?」
「そう。そんな状況でありえないって思うかもしれないけど、できないって断った……それで不能って拡散された。友達からその女の鍵垢見せてもらってさ。そうだっ、それが証拠になるかも! ……俺ダサいな」
よかった。オギちゃんの説明通りだった。
ササヤン、本郷、そして構成員のみなさんありがとう、画像が無かったら服部の言葉で疑心暗鬼に囚われるところだった。あの粘着カラス男め。
「あのころバイト中に芽依を見かけたんだよな。スーツ姿で鞄斜めがけにしていてさ、ちょっと見ない間にめちゃくちゃ可愛くなっていてびっくりした。挨拶してくれたのに、動揺してまた無視しちゃって、あのあと自己嫌悪でクソ落ち込んだんだ。今ごろになっちゃったけど、全部ひっくるめてごめん、本当にごめん」
しゅんとした諒君を見たらやっぱり可哀想になってきた。私は諒君の首筋に両手を回し、胸の前に引き寄せた。
「諒君、本当に寝ていないのね」
胸の中で、厳つい諒君の力がどんどん抜けて行くのがわかる。
「寝てない」熱いささやきを胸元で受け止める。
「……なんであんな女と飲みに行ったのか、よく憶えていないんだ」
「諒君、手が早そうなのに」
「バカ、芽依だけだよ。俺、芽依みたいじゃないと勃たないし……こうなったら正直に言うけど、とにかく抱いて既成事実をつくってしまえば芽依を俺のものにできると思ったんだ。改まって告白なんかして断られたりしたら、目も当てられないし。ムードも何もなかったよね」
あ、うっかり性癖を白状したな。
そしてすぐに諒君は訂正するように、
「顔と体だけが好みなんじゃないよ! 真面目でキレにくい性格も好きなんだ。ちょっとズレているところも可愛いし……なんか俺、褒めるの下手だな」
色っぽくない外見が長年のコンプレックスだったから、正直嬉しい。
私は諒君の硬くてゴワゴワした黒髪を優しく撫でた。本当に熊みたい。
「私、諒君に触るのも触ってもらうのも好き。気持ちいい」
「あー……俺も気持ちいい、甘えるのもいいなぁ。ねえ、今度誕生日プレゼント買いに行こう、指輪、左薬指に指輪してよ、売約済みってわかるように」
え? そんな目立つようなこと、私のキャラじゃないけどどうしよう。
諒君は私の胸の中で目を閉じていたかと思ったら、急に顔を離すと正座して頭を下げてきた。
「芽依、実は最初から好きでした。こんな俺だけど正式につきあってください、お願いします」
あ、告白された。順番めちゃくちゃ。