第18話 5月 ビッチ・サイトシーイング~ダミー彼氏~
文字数 2,680文字
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菅君は、女の子をぶしつけにじーっと見ては鉱物に例える癖があった。
新手のナンパかと最初はみんなで警戒したが、菅君に下心は無かった。
ただ例えるだけだったので、「さすが理系、オタクのバリエーションに幅があるね」と女子みんなで失笑した。
菅君、通称ガースーは、最初から特に好んで聖ちゃんを観察していた。
「北里さんはムーンストーンだね」
みんながギョッと振り向く中、聖ちゃんがおっとり首をかしげると、
「肌の下から白く発光しているみたい」
さすが温泉地育ちは伊達じゃ無い。聖ちゃんの肌のきめと透明感は断トツなのだ。続けて、
「優しい乳白色のムーンストーン」
聖ちゃんがスマホでムーンストーンの画像を確認している間も、ずっと聖ちゃんを凝視していた。
泉工医大理工学部はオタク学部と言われているが、とにかく男子が多いのでイケメンもそれなりに混在しているという。実は私はイケメンの定義がいまひとつピンとこない。
菅君は大学に入ってから、自然豊かな泉水市で化石や鉱物発掘作業が趣味になったらしい。
日に焼けて精悍な顔立ちに眼鏡がギャップで「イケメンの原石」とみんなが噂していた。へえ、ああいったパーツと配置がイケメンというのか。
そして菅君は普段はいかにも真面目で学級委員風なのに、女子を鉱物に例える時はサラッと大胆なことを言ってしまうのが驚きだった。
『つばめの巣』では饒舌に語っていた聖ちゃんだったが、菅君の話になるとちょっと口ごもる。今更ガラにも無く照れているみたい。それを上手く誘導して聞き出した。
うん、もうお互いに名前で呼んでいる。今までは身バレしないよう大人しく控えめにしていたけど、もう解禁。
一成が私を見て、ずっと何か言いたそうにしているのは気がついていたの。2週間ほど経って、やっと声かけてきた。
「あの、これは提案だから、断ってくれて全然いいんだけど、あの、北里さんが嫌な思いをするのは、その、北里さんがフリーだからだと思うんだ」
その日は冬に逆戻りしたかのように寒い日だったけど、一成うっすらと汗かいていた。それをよく覚えている。
「だから、特定の彼氏がいたら、みんな諦めて大人しくなるんじゃないかな」
そこでしばらくの沈黙。
「……私みたいな女の子に彼氏なんて無理です」
その時は一応、かわい子ぶって下向いて呟いてみたの。
そうしたら一成、
「そんなこと無いよ! 鉱物って、傷や不純物が持ち味になることがあるんだよ、北里さん。それでね、もし俺でよければ、彼氏のダミーになるけど」
あまりの勢いに、私驚いちゃって、
「いいの? 菅君、からかわれたりして嫌な思いするよ?」
すると一成笑いながら、
「え? 俺? それは大丈夫、全然平気」
あのね、私が暗い顔している方が見ていられないんだって。
そこまで聞いたところで、碧と仲ちゃんが、
「キザだなガースーの癖に、イタリア人かよ!」
「いや、提案とかダミーとか保険かけている、意外と策士だねガースー」
二人が菅君に対して辛口なのには訳がある。
菅君は、聖ちゃんには「優しい乳白色のムーンストーン」、そして私には
「村瀬さんは肌と瞳と髪の色がイエローベースで、トパーズみたいだ」
と言った。それを聞いた碧と仲ちゃんが、
「私はなに? 何の宝石? ねえ? なに?」
と詰め寄ったところ、
「二人とも化粧が濃くてわからない」
とバッサリ切られたことをいまだに根に持っているのだ。
それから、聖ちゃんと菅君は一緒にいることが多くなった。
最初からわかっていたけど、どう見てもダミーには見えない。正真正銘れっきとした彼氏。
百戦錬磨の聖ちゃんが初々しくて、意外とオタクの菅君が堂々としている。
男子の「やった? どうだった?」の質問に、菅君は笑ってかわしている。男子の尊敬と嫉妬で、「ガースーのくせに」が今、ホットなワード。みんなから一目置かれる存在になった。
私達はちょっと生々しすぎて、聖ちゃんに直接聞けていない。もう経験したのかどうかを。
菅君は種原山でよく見かけるようになった。
何故なら、種原山頂上近くの小さな崖が『地磁気逆転地層』を記録している可能性がでてきたからだ。残念ながら、近くにあるバスケコートは立ち入り禁止区域になってしまった。
周辺はざわつき、ここでは百川先輩と八島が騒いでいる。
「大家さん、崖も所有していたら利権が発生したかもですね!」
「八島、最近テレビ局とか来ているけど、一体なんなの」
「地磁気のN極とS極が入れ替わった記録が地層に残っているらしいですよ」
「いつ入れ替わったのよ」
「オーナー、78万年前です」
「78年前? そんなの聞いたことないわね」
「78万年です」
「ちょっともう百川、全然私達に関係ないじゃないの」
「オーナー、地球史でいったら割と最近です」
日曜日、私は百川先輩と崖の周辺を見学に行ったけど、既にブルーシートが掛けられていて見られなかった。
散策している人の中に、偶然、聖ちゃんと菅君を発見。菅君の方から近づいてきて私をじっと見るなり、
「村瀬さん、最近綺麗になったね、外で見ると更にキラキラしている」
「えっ? そっ、いや、あっ、ありがと」
キョドってしまった。グイッと顔を近づけ、私の瞳の中を覗き込みながら、
「村瀬さんはトパーズの中でもインペリアルトパーズだな」
いつもはおっとり穏やかな聖ちゃんの表情が、一瞬で硬くなったのを感じた。
不意に先輩が、
「じゃ、俺たち用事あるから」
と私の手を強引に引いて歩き出した。助かったけど、そんなに引っ張られると痛い。
先輩は力加減が極端で、セックスの後も体にうっすら痕が残ることがある。
最近「村瀬が、助教授とつきあっている」と言う噂が流れて、実はそれが先輩のことだったり、先輩は知り合いに私を紹介して回るのだけど、私が童顔らしくみんなが「淫行だ」と責めたててふざけたりする。
私と先輩は1歳しか違わないのに。
それから「初めてできた彼女」とか「熊の癖に」とかもよく言われて、先輩は「うるせえ」と返すのだけれど、なぜか「熊」と言われたときはニヤッとしていた。
その訳は10月にわかるのだけれど。
私は相変わらず、いくら先輩に名前で呼ぶようにと注意されても、どうしてもあの最中も「先輩」って呼んでしまうので、先輩はもう諦めたみたい。
最近では私も聖ちゃんに習って観光気分を味わっている。
束縛されたり不安になったり全部ひっくるめて、この地に観光に来た記念としてお土産にしたい。