第31話 10月 先輩の説教タイムと不審者の謝罪
文字数 2,420文字
私がバイト以外、暇なのには理由がある。
私が入っているサークル『天体・地質同好会』に、ガースーこと菅君が在籍していることを、先輩が知ってしまったのだ。
露骨に機嫌が悪くなって、
「もうあんまりサークルには行かないで」
と言われてしまった。
「菅君は聖ちゃんとつき合っているんだよ」「菅君は地質グループで私は天体グループだから活動は別なんだよ」って説明しても、イヤなんだって。
種原山での「村瀬さんはインペリアルトパーズだね」が、相当気に入らなかったみたい。
先週土曜日の説教タイムでもまた言っていた。
行為の後、先輩は自分の性欲が落ち着くと、説教タイムに突入する。
「ロビーで見ていたけど、あのシャクレ、そう、タレ目でなんか悲しそうに笑っている、あれが塾長なの? 若いね。作田さんていうの? 子どもの頃、絶対シャク田って言われていたぜ。あの人ちょっと馴れ馴れしいな、芽依、あんまりいい顔するなよ」
「昨日着ていたブラウス、胸元から下着ちょっと見えていたぞ。芽依はわりと無頓着なんだから気をつけろよ。え? 見せキャミソール? 見せてもいい下着なんてあるわけないだろ。あ? あるの? あってもダメだよ」
「芽依って、たまに幼稚園児みたいにカバンを斜めがけにしているけど、アレをやるのは俺と一緒のときだけにして。他のヤツには見せないで。なんでって、ダメはダメなの」
「今の髪型キープして。前髪もそのまま。鬱陶しい? 我慢しなさい」
とか、
「わかっていると思うけど、合コンや飲み会は原則参加禁止ね。男と一対一の食事やお茶もダメ。もちろんカラオケ、映画、1時間以上の買い物もだよ。どうしてもの時は、俺に事前申請して? 申請すれば許可出すわけじゃないけど。当たり前でしょ。まあ例外として、麦さんだけは認めるか」
と言ったかと思えば、
「俺のことあんまりモテないと思っているだろ、実はそうでもないんだよ、芽依が知らないだけで」
と謎のマウントをしてきたので、ムッとして黙っていたら、
「芽依も思っていること直接言えよ」
と言ったので、
「パワハラ、モラハラ彼氏」と返すと、先輩は笑って「コイツ」と言ってふざけて結局イチャイチャして終わった。イチャイチャといっても先輩の場合、熊がじゃれついてくるみたいで制御不可能。
先輩って、みんなの前では気取ってクールぶっているけど、二人きりの時はまるで中学生男子。
でもたまにはかわいいことも言う。
「バイトで患者さんに暴言吐かれても、俺には可愛い彼女がいて週末はお楽しみなんだぞって思うと余裕で流せるなぁ」
サークルのことだけど、実は4月に新入生でちょっと不気味な男子が入ってきた。くせ毛で前髪が長くガリガリで、天文にも地学にも興味が無さそう。
「村瀬の観測と調査をしているらしい」と噂がたち、それが不気味だった。
意味がわからなくて。
なので、私も先輩の言いつけを守っているという建て前で、夏休み前からサークルはお休みしている。
そしてその頃、碧は映像研究会で忙しくなり、仲ちゃんはハイキングサークルのメンバーとつきあうようになった。
聖ちゃんもダミー彼氏と上手くいっている。友達も多忙となり、それで私は栗の皮むきをしているというわけ。
9月後半、新学期が始まってから、学校でいつも誰かに見られているように感じた。気のせいかな。
「ほら、ね」
「ほんとだ髪型変わった」
「な、似てるよな」
とか聞こえる。
気のせいかな。気のせいだよね。
最近、視界の端にゾンビのような男の人が映る。
あれがサークルの不気味な新入生の “
あの人が怖い。
うかつなことは言えないけど、不審者に背丈とくせ毛が似ている。
ストーカー? いやいや、まさか私なんかに、自意識過剰だよね。
ある日、図書室で勉強していたら、
「村瀬さん、少しだけお時間いいですか?」
見知らぬ男に声をかけられた。
振り返ると4名、ボーダーシャツの眼鏡ポチャ男、チェックシャツの眼鏡ヒョロ男、愛嬌のあるデブ、そして目の下にクマを作った服部に包囲されていた。
眼鏡ヒョロ男も『天体・地質同好会』で見た顔。
名前は……確か、オギノかハギノ。
「ナンデショウカ」
警戒のあまりカタコトで答えると、ポチャ男が服部の頭を手でグイッと下げながら、早口で言った。
「コイツが村瀬さんにどうしても謝罪したいことがありましてですね、このままだとメンタル崩壊の勢いで、ちょっとばかしお耳を傾けてはいただけないでしょうか」
周囲の学生がうるさいと言った風に見ている。仕方なく私は図書室を出た。ポチャ男が「2階のカフェに行きませんか」と。
その時、歩きながら服部が頭を掻いた。その仕草、不審者が走り去るときにやっていた仕草と同じ。そして内股の歩き方。
……やっぱり! この男が不審者だ!
私は服部を凝視したまま金縛りのように固まってしまった。
それを見た服部は、察したらしい。急にそこだけ重力が強くなったかのように、ベシャッと土下座をした。
「ごめんなさいごめんなさい、あのとき声をかけたかっただけなんです、追いかけてごめんなさい、あんなことになるなんて、本当にごめんなさい、怖がらせてごめんなさい」
額を床に押しつけて叫んだ。
ちょっと、ちょっと、やめてよ。こんな場面、誰かに見られて先輩の耳に入ったら、なんて説明すればいいのよ。
「だって、村瀬さん、サークルに来なくなっちゃったから、理由を聞きたくていつも待っていたら、あんなことになって、きゅっ、急に逃げるから」
泣いているの? それに私のせいにしている?
「もう怒っていないから、お願い、それやめて」
「許してくれるんですか」
服部は立ち上がり、涙をぬぐった。切り替えが早いな。
種原病院や警察まで巻き込んで迷惑かけた不審者情報は、私の勘違いが原因だったの?
これは墓場まで持って行く案件です。