第40話 11月 芽依ちゃん危機一髪②~医務室にて~
文字数 1,688文字
あ、いいな、私もああいうことやりたいと思って諒君を見た。ちょうど諒君が無言で近づいてきて、座り込んでいる私のウエストに手を添え立ち上がらせると、そのまま抱き上げられた。これはいわゆる……
「カバンは?」「あ、えっと」聖ちゃんが拾って渡してくれた。
「聖ちゃんごめん、巻き込んで、菅君ありがとう」
泣きながら言うと、先輩も、
「助かった、ありがとう」
二人に頭を下げ、聖ちゃんと菅君は「こちらこそ」と笑った。菅君の眼鏡は無事だったみたいだ。
図らずとも公衆の面前でお姫様だっこされることとなってしまった。
恥ずかしくて顔を諒君の胸側に向ける。周りの声が聞こえてきた。
「うちみたいなオタク大学でもこんなこと起きるんだ」
「あの男、目がイッてたな」
「あれだろ? 百川溺愛のバイオの女」
「ロリコン」
「あんな必死にしがみついちゃって猫っぽい」
「俺、百川さんいいな~抱かれた~い」
「蹴り入れた男よく見りゃイケメン」
「ちょ、イケメンの彼女、アレじゃん、有名人」
お姫様だっこされたまま医務室まで運ばれ、ベッドに座らされる。
カーテンを閉めると、諒君自ら私に怪我が無いかチェックし始めた。そこに着くまでも、通りすがりの学生のヒソヒソ声が恥ずかしかった。髪はボサボサだったし。
「〈西食堂で村瀬ちゃんが襲われている〉ってラインきて」
ベッドに座る私の前に諒君はひざまずくと、少しスカートの裾を上にずらして両膝とすねを見る。
「ここ、また痣になりそうだな」
ぶつけたところを、諒君がそっと触れるたび、私はビクッとしてしまう。
「芽依……さっきの男のことなんで黙っていたんだよ、ストーカーだろあいつ」
あ、やっぱり怒っている。静かな口調のときは怖い。
「ごめんなさい。確証が無かったから」
「8月の不審者もあいつだったのか」
「うん」
「……もう、あんまり怒らないようにするから、これからはなんでも話してよ」
「はい」
そのまま諒君は私の腰に手を回し、太ももに顔を埋めて呟いた。
「でもあいつのお陰で芽依と仲直りできたのか……」
そのまま目を閉じてしまった。
さっき服部を押さえつけたときの諒君、最高にクールでカッコよくて私は改めて恋に落ちてしまった。私の彼ってすごいでしょ、って心の中で自慢したくなっちゃう。
私は諒君の髪を撫でながら、
「あの、少しだけ」
「なに?」
自分から言うのって恥ずかしい。
「キスして」すごくか細い声になってしまった。
「仕方ねえな、いいよ」
あ、またパワーバランスおかしくなった。
諒君は起き上がりベッドの横に座るや否や、私の頬を両手でガッシリ挟んで固定すると、舌を差し込んできた。両手の力が強くて全然動けない。舌を吸われて頭が痺れて、息づかいが激しくなってしまう。これって昼間にするキスじゃない。もっと軽めなキスのつもりだったのに。私は諒君の胸を叩いて、
「んっ、おかしくなっちゃう、やめて」
「そっちから頼んだんだろ」
「だって、力加減いっつもおかしい」
「この前、乱暴にしてって言ってた」
「ちがっ、そんな風には言っていないからっ」
「俺の好きにしていいって言ってたじゃん」
諒君が耳元でささやいたので、ドキッとした。
「でも……諒君の好きにさせたら……壊れちゃうよ」
「……まだ俺に慣れない?」
そう言うと諒君は、私を医務室のベッドに押し倒してきた。嘘でしょ。
「や、ダメだってば、医務室だよ」
「医務室だからだよ。もう無理、スイッチ入った」
サフランガチオタめ。確かにこのシチュエーションは大好きだろうけど。
「ゴム無いでしょ? 我慢して」
「あります。ほら」
「あ。……でもダメだってば」
そのとき、カーテンの向こうで大きめな咳払い。
2人で見つめ合ったあと、諒君がゆっくりカーテンを開けると、奥の机に保健婦さん。……いつからいたのかな。
保健婦さんは、腕組みしながら呟いた。
「我が校創立100周年。昔と比べて最近は随分と様変わりしたものね」
私と諒君は「すみません!」と、慌てて医務室を飛び出した。