第6話 9月 ナチュラルカーネーション~中間決算感謝イベント~
文字数 3,323文字
私は具材をいつものようにバランスよく盛り付ける。配置をするときはいつも真剣だ。
最後に、細かく切った黄色い沢庵を真ん中にのせて完成。こうすると見た目も味もグッと締まるのだ。汁物は具だくさんのちゃんこ鍋。
ナチュカなんぞに頼らなくても、肌のコンディションは私史上最高に良い。畑中さんの献立のお陰だ。
そのとき長方形のビニール袋を抱えた麦倉先輩が、フラッと食堂に入ってきた。パンの香りが漂う。ナチュラルカーネーションの食パン1斤分だった。
「俺、パンをカビさせる名人なので、畑中サンと村瀬サンで食べてください」
「あ、ありがとうございます」
「まあ、ごちそうさま」
畑中さんがさっそく切り分けてくれた。無添加と言っていたけど、なんの変哲もない食パンで、見ただけでは普通のパンとの違いがわからない。
前に大家さんから貰ったブルーベリージャムが、まだ冷蔵庫にあったはず。
麦倉先輩が丁寧に手を洗い、ゆっくりと配膳をして窓際の席に着き、お茶も用意して、いつものようにギクシャクと「いただきます」と手を合わせる長いルーティンが終わるまで、私はウズウズして待ち構えた。
「先輩、行ってきたんですか、ナチュラルカーネーションに」
先輩はほんのちょっと決まり悪そうに、
「ああ、うん、八島が誘うから」
「どうでした?」
「どうって、別に……」
すると麦倉先輩は何かを思い出したのか、下を向き少し微笑んだ。
後から来た百川先輩が、
「麦さん、それマルチじゃないんですか?」
麦倉先輩は笑いながら、
「いや、そんなすごいもんじゃない、たいしたことないよ。なんて言ったらいいかなぁ、学芸会みたいっていうか」
「学芸会?」
私と百川先輩は顔を見合わせた。麦倉先輩の話はなんとも要領得ない。そのとき引き戸が軽快に開き、八島君が食堂に入ってきた。
「こんばんは、お、今日はヘルシーメニューだね」
鼻歌混じりで、やけにご機嫌だ。麦倉先輩の隣に座ると、
「先輩、昼間はお疲れ様でした、いやーコスパ良かったですね」
「そうだね、みんな一生懸命でいい子達だったなぁ」
「外からじゃわからないけど、中は凄い熱気でしたね」
2人でコソコソ話し出した。
「次は再来週の『中間決算感謝イベント』だっけ」
「ぜひぜひ来てくださいって言っていましたよね。最後の握手の手、ギュッとしてなかなか離してくれないんだもん、あの子達。参っちゃいましたよね」
「お茶とお菓子付きのセミナーで会費千円だけど、八島、出せる? 千円」
「もっちろん出せます、余裕です」
食堂の外で、私は百川先輩に耳打ちした。
「先輩、一度ナチュカの様子を見てきてもらえませんか? 百川先輩が一番物事を客観的に見られると思うので」
「いいよ、バイトの前なら。マルチかどうか見てくるよ」
「お願いします」
麦倉先輩のあのフワフワした態度が気に入らなかった。
麦倉先輩って見るからにオタクで挙動不審だけど、慣れると結構優しくて、過去問をくれたり、大学のカフェではスムージーとか奢ってくれたり、風邪気味だと薬や飲み物を差し入れしてくれたり。色々とお世話になっているのだけれども、なんだよあの態度。
麦倉先輩もやっぱりああいう女が好きなの? 見損なった。
それから八島。
これからお前に ”君” は付けない。八島、今から呼び捨てだ。
小さい街灯の下、足下の小石を小川に向かって蹴った。
『中間決算感謝イベント』の翌日の月曜日。私は百川先輩と大学で待ち合わせた。
午後3時を回った学食は閑散としていて、私達は冷たい緑茶を手に席に着く。
「バイトがあるから手短に言うよ。男を対象にした一種のデート商法というか。二十代から初老まで26人集まっていた。それに対してナチュカは5人。うちエースが2人かな。研究生っていうネームプレート付けた子が、最初つたないパワポで新商品『テラバイオヘルツ波動鉱石』をプレゼンしたあと、客を4つのグループに分けて、女の子達がその石を使って施術というか接触。それがまた絶妙。そこでそのガラクタ買っちゃうお客さん結構いたよ。ぱっと見、ガールズバーだね」
「ガールズバー?」
「いや、行ったことは無いけどね。最初に代表らしきアラサー女が黒字決算のお礼をして、社員の子達がミニのナース服で登場。なんか、赤やピンクの派手な下着が透けているなと思ったら、中に水着つけててさ、後半はナース服生脱ぎして水着姿で接待。圧巻だね。それなりのレベルの子達が千円でそこまでしてくれるから、コスパ厨の八島も大満足」
「……あの、麦倉先輩はどんな感じでした?」
「麦さん? 店の子が一生懸命話しかけてくれて、大袈裟に笑ったり喜んだりしてくれるから、楽ちんで嬉しそうだった」
「そんなのに騙されるなんて」
「店の子も洗脳されているみたいだった。自分の扱っている商品を心の底から素晴らしいものと錯覚しているね、アレは。だから100%純粋な善意で商品を勧めてくるからタチが悪い」
前々から不思議に思っていることを聞いた。
「百川先輩は……どうしてそういう場でも冷静でいられるんですか? ひょっとして女嫌いとか? ……ゲイ?」
百川先輩は「ゲイでは無い」と、珍しく笑って冷茶を飲み干すと、
「ああいう女はタイプじゃない」
バッサリ言い切った。
ガッシリとした体つきとその雰囲気から、私の中でゲイ疑惑があったけど違うのか。
「じゃあ、どういう女の子が好みなんですか?」
と私が笑って尋ねると百川先輩は、
「村瀬さん」
と即答したので「冗談ばっかり」と軽く流した。
「じゃ、そろそろ時間だから」
「はい、ありがとうございました」
ちょっと情報量が多すぎたので、整理する。
八島がクールで余裕かました素振りをしながら、水着の女の子をチラチラ見る姿と、麦倉先輩がはにかんで鼻の頭をこする仕草が、余裕で脳内再生できた。
今日はバイトがないので、夕飯前の1時間は、ミサキ君とダイヤ君の個別授業。
けれどもモヤモヤが消えないので、小僧2人を種原山自然公園内にある野外バスケコートに連れ出した。
大学前のスーパーヤオシンで、バスケっぽいボールを買っておいたのだ。小僧2人対私の勝負。中学3年間のバスケ経験はあるのだ。小僧達に負けるわけがない。
日が陰ってきたところで、3人でたんぽぽ食堂に戻った。
小僧達、勉強以外では負けず嫌いを発揮してくる。初心者のくせに機敏で手強かった。汗かいた。
食堂で手を洗っていると、いい匂いがする。今晩のメニューは豚の生姜焼きと豆腐とニラのお味噌汁、ツナと大根のサラダ。
「いただきます」を言ったところで、大山さんが引き戸を開けた。
「こんばんは、村瀬さん」
続けて麦倉先輩と八島が入ってきた。
ミサキ君とダイヤ君が公園でバスケをしたことを大山さんに話するのを右耳で聞きながら、左耳では麦倉先輩と八島のヒソヒソ話を拾った。
「研究生のマツムーちゃん、プレゼン噛みまくりだったけどグッときましたよね」
「うん、真っ赤な顔してさ、おじいちゃんのヘルニアが良くなったから同じような悩んでいる人達に教えてあげたいって涙ぐんで必死じゃん、推せるなぁ」
「同じグループのオヤジ4人とも波動鉱石買ったんですよ、けっこうグレード高いヤツ。俺、煽られたっていうか、負けたくないって一瞬思いましたよね」
「俺もさ、サワちゃんの笑顔が見たいって気持ちになってさ、一番安い石買いそうになったよ、3個1,500円のやつ。現金あんまり持って行かなくてよかった。あんな石、種原山の崖っぷちにいくらでも転がっているもん」
「インチキだってわかっているんですけどね、一生懸命だから、まあ、騙されてあげてもいいかな、って思えてくるんですよね」
「そうそう、八島、上手いこと言うね」
聞いていて段々と馬鹿らしくなってきた。
「芽依さん、またバスケやろうね!」
ダイヤ君が私の顔を覗き込んだので、ハッとした。
「いいよ、かかってきなさい」
大山さんが微笑む。
私は大山さんの笑顔を見ると、嬉しくなる。
麦倉先輩と八島よ。
大山さんとは違い、ナチュカの女の笑顔は計算ずくだ。
お前達はカモなのだ。カモのくせにその上から目線は何なのだ。