第3話 4月 コーポ種原入居者紹介
文字数 2,247文字
種原自然公園の北側、道の駅周辺でようやく桜が見頃になったと思った矢先に雨が降り、あっという間に葉桜になってしまった。
今は、小川に沿って山吹の花が点在している。
3月の下旬、後期試験を合格してコーポ種原に入居した子が2人いた。
1人は
小柄で華奢、猫背で遠慮がちなショートカットの女の子。いつもマスクをしている。とても大人しい。
ヒタヒタといつも忍び足、気がつくといつの間にかたんぽぽ食堂に居たりして、私の方がドキッとさせられる。
上目遣いで全体的に猫っぽい。焦げ茶の瞳。よく見るとキュートなのに自信が無さそう。
いつもスマホを見ているから2人でいてもシーンとしちゃう。
もう1人は
とても背が高い。テニスサークルに入ったんだって。
見た目はスポーツマンで顔も悪くないのだけど、何故だろう、爽やかな感じでは無い。皮肉屋のような……
私のことはまったく興味無いんだろうな、全然眼中に入らないみたい。
2人とも倍率の高い後期合格だから優秀なんだけど……
村瀬さんは東京繊維工業大学、八島君は北斗大学に前期不合格で、泉工医大は滑り止めだったと話しているのを聞いてしまった。
「やっと受かったのが僻地の国立とか、俺も落ちぶれたもんよ。医学部無いクセに医大なんて付いて、悲しいよな」
「前期で特攻しないで、もっと手堅くいけばよかった……」
なんでそんなこと言うの。後ろ向きなのは本当に本当にもったいないよ。
泉工医大は知名度は低いけど、研究施設は充実しているし就職では苦労しないと評判の、とってもいい大学なんだから。
2階には2人の先輩がいる。
201号室の
大きてガッシリしていて圧を感じる。合気道部。
奥二重の目はいつも無愛想で怖いけど、目が合えば軽く会釈してくれる。
服装に構わないみたい。いつも部屋着でウロウロ。見た目も仕草もちょっと老けている。
202号室は
もっさりした髪型に、神経質そうな眼鏡。
色白の中肉中背で、ちょっと挙動不審。無駄な動きが多い。
何故だか、二度見されて首をかしげられてしまうことが多い。失礼な。
私は高校の時はいつも片思いばっかりだったから、大学では恋愛する気満々だけど、コーポ種原の住民はちょっと対象外だな……
でも大丈夫。大学は男の子ばっかりだから、きっと素敵な出会いがあるはず!
2階の203号室にはたんぽぽ食堂の調理師、
いつも微笑んでいるような眼差し。クリーム色や水色のエプロンがよく似合う。
北国の水墨画のような侘しい風景とどんよりとした空の下で、オアシス的存在。
それから1階の101号室には、70代の
世界史の教科書で見たガンジーそっくり。
質素な身なりで年季の入った自転車に乗っているのをよく見かける。自転車のカゴには『蓬莱町パトロール隊』のゼッケン。
お爺さんと言えば、アパートの住民ではないけれど、小川ほとりのベンチにいつも座っているお爺さんがいる。
こちらは美術の教科書でみたゴッホの自画像そっくりで、とっても目つきが悪く偏屈そう。かたわらには目の細い黒のハチワレ猫。こちらもお年寄り。
ゴッホ爺さんと大家さんが、なにやら言い争いをしているのを何度か見たことがある。
実はコーポ種原には安いお家賃以外にも、素晴らしい特典があった。
大家さんはたんぽぽ食堂の経営者。家賃にプラス1万円で、たんぽぽ食堂の夕飯が食べ放題になるのだ。
私達の夕飯の時間は、閉店前の7時から8時までと決められている。
それを聞いたとき八島君は「残飯処理か」と苦笑いしたけど、実際に食事をしたら「これはコスパが良すぎる」と感激していた。
食堂の店内は、ベージュの木目を基調としていて明るく暖かい。大きな窓から見える木々が夜風に揺れる。
カウンターには厚みのある大皿や小鉢が並んでいて、順にふろふき大根、ポテトサラダ、アジの南蛮漬け、キャベツとピーマンたっぷりの回鍋肉など。
壁掛けのホワイトボードには、
〈本日の定食 回鍋肉 味噌汁 サラダ 漬け物 500円〉
〈バイキング 750円 (大盛り850円)〉
私達は、各自自由にバイキング形式でおかずを盛り付ける。男子は肉に群がるけど、野菜メニューが充実していると思う。
常連のおじさんサラリーマン達は、畑中さんのファンが多いみたい。
バカみたいに大盛りにせず、絶対に残さないようきれいに食べていてとてもマナーがいい。
「ごちそうさま」「大根、美味しかった」
一言もいい感じ。
それに比べて百川先輩と八島君ときたら、競うように大盛りにしていて、
「ちょっと百川、八島、食べ過ぎよ。まず味噌汁を飲み干してからおかずにいきなさい」
と、いつも大家さんから指導されている。
それを畑中さんは厨房で、にこにこして聞いている。
私達がテーブルにバラバラに座り、無言でスマホをいじりながら夕飯を食べているのをみかねた大家さんは、
「ほら、他のお客さんの邪魔になるから、あんた達1カ所に集まって」
と、厨房前のテーブルを入居者の定位置とした。
4人掛けテーブルが麦倉先輩、百川先輩、八島君、村瀬さんで塞がってしまい、私がモタモタしているのを見た大家さんが手招きした。
「あんたはこっち」
その日から、厨房隣接のカウンター、大家さんの隣が私の定位置となった。