第27話 9月 雪女のアカウント
文字数 1,805文字
路地裏の洋菓子店で焼き菓子を買い、手土産に。
「あの時はどうもありがとうございました」
事務局長さんにお菓子を渡した。
「そんな気を遣わなくてもいいのに」
ちょうど、先日の若い看護師さんが通りかかった。仕事終わりみたい。
あの時は気が動転していてわからなかったけど、小麦色の肌の健康的な美人だった。私と違って胸とヒップが大きくてメリハリのあるボディ。
奥井さんというんだ。名札で確認した。
「不審者、まだ捕まらないのよ、もっとパトロール強化してって言っといたからね」
やっぱりサバサバしてカッコいい。
奥井さんは、ふと、いたずらっぽい顔で、
「ねえ、どっちが先に告白したの? やっぱり百川君が先?」
それはお互いになんとなく……と言おうとしたら、先輩が即座に、
「彼女からです」
手のひらで私を指した。
え?
「そうなの? 意外なんだけど」
奥井さんが目を丸くしながら言うと先輩は、
「バレンタインのチョコをもらったんですよ、イコール告白ですよね」
私が酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせていると、奥井さんがなにかを察したのか、
「いや、そうとも言い切れないと思うけど」
「でも嫌いな奴にはあげませんよね、好意がある証拠ですよね」
そりゃそうだけど、あの時チョコレートを渡しゴニョりながら言った言葉は
「先輩、いつもお世話になっています」だったはず。
奥井さんは私に向くと小声で、
「百川君って、二人っきりの時もこの口調?」
「ええ、まあ」私は吹き出しながら答えた。
帰り道、先輩は思い出したように、
「どう考えても芽依からだよな。バスケのとき背中をくっつけてきたり、食堂の外で俺が出てくるのを待っていたり、星を見ている振りなんかしてさ。かわいいなって思っていたよ」
そ、それはディフェンスだし、本当に星座を見ていたんだけど。
私、『天体・地学同好会』にも入っているんですけど……
でも嬉しそうにしている先輩を見ると、「勘違いですよ」なんてとても言えない。
9月いっぱいはまだ大学は夏休み。
私は相変わらず毎日夕方5時頃に、田所さんと雪女と一緒に夕御飯を食べていた。なんとなく先輩と面と向かって会うのが、みんなの目もあって照れくさくて。
今日はとうとう大家さんと田所さんが、雪女に対しカウンセリングを始めた。
いつまで経っても、胸の穴から氷雪が漏れるからだ。秋が来て本格的に寒くなる前に、なんとかしたいらしい。
「高橋先生の事務所でパートしているんですって? お名前なんておっしゃるの?」
「宮下です」
「宮下さん、下のお名前は?」
「マリエです」
「可愛いお名前ね、どういう字を書くの?」
「布の麻に理科の理、絵画の絵です」
凄いな、宮下さん露骨に引いているのにお構いなしでグイグイいく。さすが大家さんだ。
「宮下さん、あんた顔色悪いよ、色々ため込んでいるんじゃないのかい?」
直球というか、いつも思ったことをそのまま言う田所さん。
私は雪女のテーブルの脇を通ったとき、チラッとスマホの画面を見てしまったことがある。Twitterの画面だった。
即座に私は宮下さんのTwitterアカウントを探す。
もしかして、これじゃないか?
“ mariemint ”
最新ツイートからザッと遡る。
『とにかく仕事で気を紛らわす アパートとパートと定食屋 法務局と金融機関と官公庁を淡々と回る』
『まるで手のひら返しのように あんなに冷たくなるなんて でも大丈夫 もう全然好きじゃない だから大丈夫』
『大恋愛で結婚した訳じゃなかったし 子どももできなかったけど このまま穏やかに過ぎていくものと思っていた』
『この町で私を出迎えてくれたのは、定食屋のナツツバキ 白い花が私を見つめてくれる 表面は取り繕っていても 吹雪のような私の裏側を ナツツバキはお見通しだ』
『離婚届を持って 私は知り合いのいない 風の強い町に引っ越して来た』
『保証人まで記入された離婚届を渡しながら 夫は慰謝料はきちんと支払うし誠意を示すと言った この人はなにを言っているのだろう 言っている意味がよくわからない』
『夫から離婚してくれと言われたのは3月で ゴールデンウィークに夫は出て行った 愛している人ができたんだって 本気だから浮気や不倫じゃないんだって』
一気に過去へ。
「あの-……離婚することになって」
おお! 現実とTwitterがシンクロ。
特定した。