第24話 8月 傷や不純物が持ち味になるから勇気を出して
文字数 2,057文字
放課後の自習室、遠くで聞こえる吹奏楽の練習と笑い声、窓から見える杉の木にかかる夕陽。
朝早く登校すると、校門に進路指導の先生が立っていて「おはよう村瀬、いつもコツコツ頑張っているな、期待しているぞ」と大きな声で挨拶してきて恥ずかしかった。
成績上位者は、親が整形外科医、内科医、大学教授、弁護士、公認会計士、企業の研究者、公務員であるとか、帰国子女2名、数学オリンピック経験者、そして国連に入りたいとかロボコンに出るとか意識が高い生徒達がひしめいていた。
高校2年の後半になるとそんなランカー達の末席に、勉強する動機が「陽キャを見返したいから」という私がピッタリ付いていて、場違い感で可笑しくなった。特に将来の夢ややりたいことなんて無かった。
なぜか研究者の息子篠崎から、いつの間にかライバル視されていた。
自分の模試の結果が良いときだけ聞いてもいないのに話しかけてきたり、
「村瀬さんは理系なのに数学が不安要素だね」
「村瀬さん、自習だと限界くるよ。俺の行っている塾の夏期講習おすすめだけど」とか言ってきたり。
いちいち絡んでくるのが面倒くさくて「そうだね……」と適当に返すと、
「村瀬さんは他のヤツらと違って大人しいなあ」とニヤニヤした。
篠崎は痩せて目がギョロッとしていて、話し方も含めタイプじゃなかった。
3年生の夏休み明けには部活引退後のニューカマーが台頭してきて、内科医と公務員2名と国連そして篠崎は脱落して、受験科目が3教科の私立大学に流れたっけ。
数学から逃げたそいつらを、私は心の中で落ち武者と呼んだ。今思えば、要領のいいヤツらだった。篠崎はパッタリと私に話しかけなくなった。
不安材料山積みだけど、私はめげずに5教科7科目で戦っているよ!
とにかく取れる問題を失点しないようにとキリキリして、センター試験間際は頻繁に吐いていた。
そうだ、私は陰キャだったんだ。
大学生になって友達と彼氏ができて、人並みになって青春を取り戻したつもりで得意になっていたのかも。
3週間ほど先輩とほとんど接触しないでいたら、本当につきあっていたのか疑わしくなってきた。離れていたら、この世のものではない妙なものも見なくなったし。
先輩のこと彼氏だと思っていたけど、もしかして違っていたのかな、つきあっていると勘違いしていたのかな。
……私って、先輩からしたらセフレだったのかな……
タダでできる都合のいい女だったりして。好きとも、つきあおうとも結局言われていないし。
やだ、泣きそう。
百川先輩は、初めから麦倉先輩みたいに奢ってくれたりわかりやすく親切にしてくれたりした訳じゃ無かったけど、いつも見守ってくれて、待っていてくれて、高いところの物を取ってくれたり、瓶の蓋を開けてくれたり、重い物を持ってくれたりした。
まあ、私だけじゃなくて大家さんや畑中さんにもだけど。それにそんなに特別なことでもないかな?
最初恐かったけど、話してみると気が合って楽しかったんだよね。
友達や部活のメンバーに私を紹介して回って、友達が「初めてできた彼女」って冷やかして……あ、やっぱり『彼女』だったのかな?
確か、私の外見に関する悪口みたいなことを言ったのは先輩だったけど、成田君の手前、雰囲気を悪くしたくなくてとりあえず私は謝って、それが気に障ったのかな。それともその前に私が反論した時点で気に入らなかったのかな。
あの時のムードは少し独特だった。
団地の上のカラス男を見た瞬間から、記憶がぼんやりしている。
私を避けているのはビンビンに伝わってくる。目を合わせてくれないし。
それで私も怖くて逃げているけど。もう私に興味が無くなったのかも。離れている間に、もっと明るくて楽しくて女の子らしい誰か別の人を好きになったという可能性もあるよね。
だって今夏休みだし、もう誰かと出会っちゃったのかもしれない。
ああ、もう、こんなのイヤ。本当にイヤ。
高校生の時と変わらない。堂々巡りで悩んで怖くて逃げ回って。
ハッキリさせよう。怖いけど、このままの方がずっと辛い。大学で私に友達ができただけでも十分じゃない。
そういえば、誰かいいこと言っていたな……ガースー、菅君だ!
「鉱物は傷や不純物が持ち味になるんだよ」とかなんとか。
フラれてもいいや。恥かいたら、私の心がちょっと傷つくだけだし。大山チルドレンが受けている逆風に比べたらどうっていうことはない。
同じアパートっていうのはキツいけど、なんとか工夫して顔を合わせないようにすればいいんだもの。別の大学院に進学する選択肢だって無くはないかもしれないし。
高校時代は、イベントが試験しか無かったなぁ。大学はとにかくなんでもいいから出来事を起こしたい。観光気分でいろんな経験をしたい。フラれたらネタにすればいいし、仲ちゃんみたいに。仲ちゃんの恋愛ネタ、元カレの話なんてすごく面白い。
フラれたらちょっと落ち込んで泣いて、それから、次の観光に行こう。