第20話 7月 住民票請求して住所照会します
文字数 3,484文字
土曜日の正午、成田君が一人で食堂にやって来た。
「こんにちは」
「こんにちは、久し振りだね」
あれから3か月くらいしか経っていないのに、ちょっと雰囲気が変わっていた。元々の優しげな目元と口角が上がった可愛らしい顔立ちに、少し男っぽさが加わったような。ちょっとしたアイドルみたい。
これがいわゆる一般受けするイケメンというものだな、段々わかってきたぞ。
ご飯を食べていたミントちゃん、チカちゃん、ユウ君が驚いた顔でかしこまる。
あ、そうか、大山チルドレンの小娘達が成田君の前でお行儀よかったのは、成田君がイケメンだからか。なるほど、今ごろ気づいた。
成田君は大家さんに声をかけた。小さな手帳を開いて、
「こんにちは、二宮さん。僕、あの時の占いの田所さんっていう人に聞きたいことがあるんです」
「あら、なんか男前になったわね。なにか占って欲しいの?」
「いえ、確か、父親の住所を調べることができるって言っていたので、そのやり方を教えて欲しいんです」
「俺も知りたい、知りたい」
八島、起きていたのか。
大家さんが田所さんに電話して、7時頃食堂で待ち合わせすることになった。
今日から塾は夏休み特訓で午後のシフトだから、7時には間に合うな。
今夜の夕飯のメインは夏野菜のちらし寿司。
鰺の干物をほぐした具に、ミョウガ、青じそ、ショウガの千切りが爽やか。暑くて食欲無いときもこれはお箸が進む。それに焼きナスのおひたし、えのき茸と鶏つくねのお味噌汁。
7時を回って、田所さんがやって来た。成田君は6時半から待機している。八島も興味本位で待機中。百川先輩はバイトで遅くなると言っていた。
麦倉先輩は最近見ないと思ったら、仲良しの今村先輩と一緒にカナダに短期留学中。
大家さんが、
「まずはみんなでご飯食べましょう、成田君もどうぞ、大家さんのおごりよ」
大家さんは先月、地元新聞に大きく顔写真とインタビュー記事が掲載されたのだ。子ども食堂のオーナーとして。
タイトルは『未来へ恩返し~社会貢献へ私の一歩~』
それからずっと上機嫌が続いている。
新聞掲載直後に、私と百川先輩がつきあっているということがとうとう大家さんの知ることとなった。その時の大家さんは、
「あら、百川やるわね。よかったじゃない。色々、気をつけなさいよ」
程度の反応だった。
単位落とすな、留年するな、早く寝ろ、早く起きろ、前髪を切れ、掃除しろ、パジャマで歩くな、好き嫌いなくなんでも食べろ、とにかくコーポ種原の評判を落とすなと普段口うるさいので、何らかのお小言を言われるかと思っていた。とりあえずホッとした。
ところで、気をつけなさいっていうのは避妊のことだよね、きっと。
食事が終わると、成田君は小さい茶封筒をテーブルに置いた。宛名は成田宗也様。
「僕宛てです」
ひっくり返してみると、差出人は記載無し。
「2万円入っていました。この下手な字は父親です」
大家さんが即座に、
「あら、オヤジさん、誠意見せたの? 仕送り2万は少ないけど、まあ、無いよりはマシって感じかしら」
私はギョッとした。成田君が薄笑いを浮かべていたから。
「アイツ、どっかに就職して少し生活が落ちついたんじゃないですか? それで親の真似事みたいなことをしたくなって、頑張って働いて息子のために仕送りしている俺って偉い、とか気持ちよく浸っているんですよ今ごろ。単なる気まぐれ、期待すると馬鹿を見る。今までもずっとそう。全部その時の気まぐれ、言ったことやったこと、全然覚えていない、いつもその場しのぎの嘘ばっかり」
成田君が感情を抑えながら話す分、静かな怒りが伝わってくる。
私は封筒にうっすら残る消印を光に当てて、目をこらして見たけど判別できなかった。
「それで、アイツの居場所を突きとめたいんです、離婚して縁切ってすっきりしたいんです。調べ方を教えてください」
お腹が一杯になって少し眠そうな顔の田所さんが、ほうじ茶を啜りながら、
「ああいいよ。まず市役所に行ってね、オヤジさんの
田所さんの背後に、今日はあの白い揺らめきは感じない。
成田君が一生懸命メモしている横で、八島が「ハイ」と手を挙げ、
「もし住民票移していなかったら?」
「その場合は無理だね。それから戸籍謄本は登録してある市役所でしかとれないから、もし泉水市に戸籍が無かったら……」
「ゲームオーバーか!」
八島、うるさい。
「ゲームオーバーではないけどさ、特定するのが厄介だね」
「本人じゃなくても戸籍謄本とか住民票とかとれるのかな?」
言いながら私は、泉水市役所のサイトを確認した。八島も検索して、叫ぶ。
「同一世帯ならOK。あっダメだ、写真付き身分証明がいる! お母さん連れて市役所行くのが一番早いねっ」
「わかりました」
成田君は口をキュッと結び、メモを見つめた。
確かに田所さんが言うように、同世代の子より大人びている。けれど、胸の辺りに
2週間後、成田君からラインがあった。
“父の戸籍謄本と戸籍の附票がとれました”
“父の今の住所がわかりました
最後の確認の住民票をとる方法がよくわかりません“
“市役所の窓口のおじさんの説明がわかりにくくて“
とりあえず、書類を持って食堂に来るよう連絡した。
翌日の水曜日の夜、やって来た成田君をみんなで迎える。大家さん、百川先輩、八島。
私は戸籍謄本と戸籍の附票の現物というものを初めて見た。
戸籍の附票にあっさりと記載されていた南里市赤石南工業団地は、ここからバスで45分くらいだと大家さんが言った。もう移転先はここで確定じゃないの? でも田所さんが最後の確認をするって言っていたな。確かに無駄足になったら成田親子の疲労感は半端ないだろうし。
「母さん忙しくて南里市の市役所まで行けないって。コレ取るのも平日休み取れないって言うから、土曜日に駅前の市民センターに行って取ってきたんです」
成田君は戸籍謄本と附票を指さした。
私はその時、成田君のお母さんは休みもなかなか取れないような、重要な責任あるポストに就いているのかなぁ、とぼんやり思っていた。あとで、それをみんなの前で言ったら八島にバカにされた。
「成田のオカンはパートなんだよ。休んだらその分給料が減るから死活問題。村瀬はお気楽だなぁ。どう見てもパート顔だったじゃん」
私は百川先輩とあらかじめ調べてプリントアウトした、南里市役所の『戸籍謄抄本・住民票等郵送請求書』を広げた。
「郵便で取り寄せられるよ、お母さんの運転免許証のコピーと、返信用封筒と、あと手数料は……」
百川先輩はスマホで再確認して、
「定額小為替300円同封。郵便局で買う」
「定額小為替!」八島が叫んだ。
「発行手数料が一律200円かかるんだ! 50円の定額小為替も発行手数料は200円なんだぜ、信じられないだろ!」
「そうそう、定額小為替なんてあんたよく知っているわね、八島」
大家さんと八島はほっといて、
「というわけで、定額小為替の料金、合計500円と、返信用封筒に貼る、切手代が必要」
私はゆっくり成田君が記入するメモに合わせて言った。
私は成田君の了解をとって、さっきから気になっていた戸籍謄本というものに目を通した。戸籍謄本は目が慣れるまで数分要した。ああ、成田君のお父さんはバツ2なんだ。初婚はずいぶん若いときだな。
私が指で記載を追っているのを見た成田君は、
「俺、かすかな期待を込めてよーく見たんですよ。俺とアイツ、血が繋がっていなければいいなって。例えば、母さんの連れ子とかの方がマシだなって」
成田君笑っている。君はまだ高校1年生になったばかり、そんな笑い方をしてはいけないような気がする。
指でもう一度再確認する。
父親
そこから出生しているのが宗也君。だいたい、父親の有也から一文字貰って名前つけているじゃない。
「どう見ても実の親子だ」
一緒に見ていた百川先輩が呟く。
「やっぱり、残念」
成田君はおどけてうなだれた。
成田君は仕事が早い。あの後すぐに住民票請求の手続きをしたらしく、10日後成田君からラインがあった。
“住民票届きました
南里市 赤石南工業団地で間違いありませんでした“