第9話 11月 波動鉱石~ガラクタか隕石か~
文字数 3,738文字
風の音とテレビのローカルニュースを聞きながら、私達4人は無言で夕飯を食べる。4月初めの頃に戻っただけだ。
特にお通夜感が強いのは、大家さんが1週間ほど温泉旅行で不在のため。
今夜の献立も美味しかった。
麦倉先輩と八島が白けた顔をしていなければ、もっとちゃんと味わえるのに。
……実際のところ、麦倉先輩と八島がナチュカのことをどう考えているのか、今後どうするつもりなのかを、問いただしたいのは山々なのだが、2人のあんな感情を置き忘れたかのような顔を見たらどうでもよくなった。
もういい、あの2人は放置する。
夕飯を済ませ外へ出たら、部屋に戻る途中でほんの少し夜空を見上げる。
私は天体観測が好きでサークルにも入っている。
すっかり葉の落ちた木々の枝が、神経のように張り巡ったその向こうに、いつものように満天の星の瞬きと点滅する飛行機を確認する。
いつの間にか百川先輩がそばに立って居た。
「空気が澄んできて星がよく見えますね」
「俺の実家より本当によく見える、今もまだ慣れないくらい。村瀬さんはさ、イルミネーションやライトアップとかどう思う? 好き?」
「嫌いです。特に木に巻きつけてあるタイプ」
「さすが村瀬さん。俺も大嫌い」
「ずっと人工の光にさらされて、木がストレス受けちゃう。クリスマスシーズンはうんざりします」
「本当だよな。バカな連中がはしゃぐから不毛なイベントが後を絶たない。ゆゆしいことだ」
「あと、マウントを取りたいのか、ダサいイルミネーションがエスカレートして競い合っている住宅街ってありますよね」
「あるある、自己満足のためにエネルギーの無駄遣い。ある意味、要注意な家の発見器」
「同感です。防犯上の理由以外のライトアップは認めたくないですね」
「だね」
百川先輩とこういった話をすると止まらなくなってしまう。共感し合える百川先輩という存在が、私の理屈っぽさを更に加速させる。
その時、通り沿いでタクシーが停まった。外灯の下、大家さんが赤いキャリーケースを抱え降り立つ姿。
「あら、丁度いいところに百川。荷物をお願い」
「了解です、オーナーご無事で何より」
「お帰りなさい」
「ただいま。あー疲れた、自分の家が一番ね」
たんぽぽ食堂界隈に急に灯がともったよう、賑やかになった。
次の日の夕飯の時、大家さんはお土産のお饅頭を配りながら、
「村瀬さん、なにか変わったことはなかった?」
と言ったので、ナチュカのハロウィンイベントの話をした。
この話は、百川先輩、碧や仲ちゃん、聖ちゃん達と畑中さんにもしていたので、私の中でナチュカブームは一段落していたのだが。
「病気が治ると実験で証明されたと言い切ったので、証拠を見せてくださいと言ったんです。でも全然話が噛み合いませんでした。疑っているのかって、キレ出す始末で」
大家さんの目が輝く。
「そうそう、そうなのよ、インチキでしょう? それにガラ悪かったでしょう」
大家さんが嬉しそうなので、私も嬉しい。私は笑いながら、
「種原山の崖っぷちに転がっているような黒い石が、1秒間に1兆回振動してガンや発達障害にも効くんだそうですよ」
大家さんは手を叩き立ち上がると、
「これでしょ、これ!」と、レジの脇に置いてある籠を手に取り、中身をテーブルに転がした。
「波動鉱石でしょ? 弟が買っていたのよ。今は
麦倉先輩と八島が食べているテーブルの上を、5センチくらいの黒い艶々とした石が6個ほど転がった。
「おっと」麦倉先輩と八島が顔を上げる。
大家さんは続けて、
「さすがだわ村瀬さん。でももうナチュカには近づかないでね、大家さんとの約束」
「? はい、金輪際ナチュカに関わるつもりはありません」
大家さんは人差し指を口に当て「内緒」というように小声で、
「実はね、一緒にクルーズに行った田所さんから聞いた話なんだけど、ナチュカの代表ってわかる? 名塚祥子っていう女」
「あ、はい、何となくわかります。紫のチャイナ服着ていました」
百川先輩も、
「俺もすぐわかった。化粧していても年は隠せないし、なんて言っても圧の強さが半端ない」
「でしょう? 名塚祥子の男ってのがね、あの、ほら、ヤンキーと暴力団の間の、あれ、なんだったっけ? ほら、色の名前みたいな、あれ」
八島が恐る恐る、
「大家さん、半グレのことですか?」
「そうそう、半グレー! 名塚の男が半グレーのOBなんだって!」
百川先輩が膝を打って、
「そういえば、オーガニックハーブのラインナップ充実していましたよ、オーナー。もしかして 脱法ハーブなんかも取り扱っている可能性ありますね、サプリも怪しい」
「そうよね、なんたって母体はカルト宗教の『クリスタルギルド』だしね」
「え? それなんですか?」
私は驚いて思わず声が高くなった。
「知らないの? ああ、村瀬さんよそ者だから知らないのね。『クリスタルギルド梯子の会』っていうセミナーやお札なんかで強制集金をするインチキ宗教があるのよ。そこの関連なの。ほかにも色々手がけているのよ。”サロン梯子” 不登校向けの ”一歩スクール” とかね。もとは北関東の『原理神州鍵宮梯子の会』っていう公安監視下のカルト宗教から分裂したのよ」
「オーナー、それを先に言ってください」
百川先輩が食いつく。
大家さんの話に、小心者の麦倉先輩と八島が目を見開いた。2人でコソコソ話している。
「八島、俺、急に萎えちゃったよ……」
「先輩、俺もです、俺個人情報書いちゃいました……」
2人とも一瞬で、ナチュカの憑きものが落ちたようだった。
八島にしては珍しく、ご飯のお替わりをせずに部屋に帰っていった。
たんぽぽ食堂でのナチュカブームが、今夜で鎮火するだろうと思った矢先だった。
みんなのやり取りを隅で静かに聞いていた大山さんが、帰り際「ごちそうさまでした」に続けて、しみじみと、
「この石、波動鉱石というものだったのですか」
「ナチュカでの商品名よ、ただの石ころよ」
すると大山さんは愉快そうに、
「子ども達は隕石のかけらと呼んでいますよ。パワーがあるんだそうです」
私と大家さんはほぼ同時に、
「パワー?」
「この平べったい石は傷を修復して回復させるパワー、丸い石はすべてを無効にするパワー、尖っているのがすべてを反射するパワーです」
ズキッとした。
いつも意地を張って生意気な口をきく、小僧小娘達の顔が浮かんだ。みんなでそんな設定をしていたなんて。痛々しいじゃない。
「マンガかゲームにあるんじゃない? そういうの」
大家さんが雑に返すと、大山さんは、
「特に反射する石は取り扱い注意だそうです。誰が言い出したのでしょうかね、でもみんな信じているようですよ。信じる人が多いとパワーが増大するそうですから、私も信じています。子ども達の宝物なので、二宮さん、捨てないであげてくださいね」
畑中さんもカウンターに出て来て、「そうそう」と頷いている。
「捨てないわよ、こんな石ころでも今となっては弟の形見だもの」
八島はとっくに居ない。
百川先輩と麦倉先輩も帰ってしまっていた。
また私一人で大山理論に対応するのか。
……そういえばあの雨の日、エミリちゃんはスピカちゃんに石を握らせていた。そしてそのまま持っていったようだった。どんな形だった?
ミントちゃんが石をおでこに当てているのを何度か見た。どんな形だった?
最近食堂に馴染んできたユメト君も、石を握りしめてテーブルでよく寝ている。
1つ平べったい石を手に取り握ってみた。ひんやりする。滑らかで肌辺りがいいから、確かに癒やされるような気持ちになるのかもしれない。子どもは暗示に弱い。
大山さんと目が合う。大山さんはいつものアルカイックスマイルで、
「村瀬さん、まがい物の中に、奇跡的に本物の宝物が混ざっているのかもしれませんよ。欲の無い元拓さんの買い物ですから。そういうものを引き寄せたと考えると楽しいですね」
それでも大家さんは眉を八の字にしたままで、
「こんな買い物をして、弟は何が楽しかったのかしら」
石に触ろうともしない。
不意に畑中さんが驚いたように言った。
「元拓さん、楽しそうでしたよ。ナチュカでお友達ができて、二人で旅行していたようですし。何度かお友達とここで食事をしていましたよ」
「そういえば旅行にはたまに行ってたわね」
「元拓さんが急に亡くなったこと、お友達の方は知っているのかしら」
ふと我に返った。
私はぼんやり石を握っていたのだ。一瞬だったような30分くらい経っていたような。
正直に言おう。
石に触れていたら、頭の中の雑音というか不協和音が消えていくような感覚がした。雑音があったことに気づいたというべきか。そして、脊髄から脳へ、炭酸の泡が弾けて昇っていくような心地よさ。
もちろん錯覚だったかもしれない。
”効果が出ているのを私は実際にこの目で見ているの!”
”私は困っている人を助けてあげたいっていうそれだけでやっているの”
ナチュカのツインテール、福ちゃんの言葉がリピートする。
私は慌てて石から手を離し、石は籠の中で弾んだ。