第15話 2月・3月 芽依と先輩の初めての夜

文字数 2,904文字

 「ネコムスメ!」
「?」急に声をかけられ振り返った。
「あんた、ナチュカに来たネコムスメよね」

 ここは泉水市唯一の繁華街、ショッピングモール。バイト休みの平日、私は百川先輩と久し振りに映画を見に来ていたのだ。
『CEERRN4』というハリウッド映画。
隣接異次元で執行されたハドロン衝突型加速器実験により、私達が存在するこちら側に謎のゲートがいくつも出没し怪現象が起きるというスリリングな映画。
前作では世界各地で超異常気象が起こり、今回はなんとポールシフトが起きそうになるのだ。冗長(じょうちょう)で無駄な恋愛シーンが少ないのもよかった。これから百川先輩と遅めのランチをとりながら考察しようとしていたところ。そんな興奮冷めやらぬ状態だったので、声の主を思い出すのに3秒程かかった。

「ナチュカの……福ちゃん? さん?」
 そうだ、このハスキーボイスは福ちゃん。カーキ色モッズコートの下はキャミソールみたいなパープルのワンピース。相変わらず気合い入っている。それにしてもネコムスメって……

「ネコムスメか、そうとも言えるな」
 百川先輩が私を上から覗き込んで軽く笑う。先輩、段々失礼になってきた。ちょっと上目遣いで睨むと、「そうそう、その顔」
「アンタに聞きたいことがあったのよ、ちょっと時間いい?」
 わたしと百川先輩は、フードコートに強制連行されることに。

 フードコートに向かいながら、気が短そうな福ちゃんは歩きながら切り出した。
「アンタ、ハロウィンキャンペーンの時初めて来たのよね。どうしてすぐにナチュカがインチキだってわかったの?」
 百川先輩は呆れた顔して、
「いや、そりゃわかるでしょ、普通。わからないほうがどうかして」
「ヌリカベには聞いていないの! ネコムスメに聞いてんの、アタシは」
 ヌリカベ? 私が思わず吹き出すと、「芽依ちゃん?」今度は百川先輩が睨み返す。

「イチャイチャしないでよ、ムカつく。あん時、ネコムスメがインチキだって言うしお客もワーワー言い出すし、もう訳わかんなくて、そんで名塚っちに聞いたのよ。そしたらインチキを信じさせるのが商売だろうって。もう大喧嘩して辞めたわよ。ナチュカなんて。ねえ、インチキってどうやって見分けんのよ?」

「エビデンス、根拠があるかどうかですね」
「また! それを言う! みんな元気になったとか言って喜んでんのよ、それが証拠じゃないの?」
「プラシーボ効果といって、思い込みで効果が出る場合があります。それは福ちゃんさんの高度な接客技術によるものかもしれないけど、あ」

 私は福ちゃんの肩越しにレンちゃんを見つけた。
「レンちゃん?」
 レンちゃんは中学2年生なのに、フリーターのような得体の知れない男3人と一緒にいたのだ。レンちゃんは私の声に反応して、私と目が合うと背を向けあっという間に消えてしまった。
レンちゃんは今年に入ってから食堂に顔を出さなくなっていたけど、こんな所でフラフラしていたのか。それにしても(はす)()なコスプレともいうべき、雑なブリーチと黒のスカジャンだったな。レンちゃん、それ、間違った選択をしているよ。

 福ちゃんが「ちょっと、なんなのよ」しゃがれ声でリピートしている。うるさいなぁ、もう。私は勢いに任せて福ちゃんにこう言い切った。
「福ちゃんさんがいくら善意でやったとしても、詐欺は詐欺。安い商品ならまだいいとして、嘘を言ったり不安を煽ったりして高額商品を売るのは詐欺です」
「そんなこと言われたって、アタシだって騙されていたんだもん」
 福ちゃんは別れ際に言った。
「アンタ、ちょっと雰囲気変わったね」
 確かにそうかもしれない。ショーウインドウの硝子に映った自分を横目で見る。私はあの夜から、少しずつ羽化しているような錯覚を覚えている。


 百川先輩が初めて私の部屋に来た夜のこと。

 12分ほど早く先輩はインターホンを鳴らした。
いつもはガンガンガンと足音響かせ階段を降りてくるのに、その時は忍び足だったみたいで気がつかなかった。
そういえば、好きともつきあおうともまだ言われていなかったので、一つ一つ順序を踏んでいくものと思っていた。今日はやっと告白してくれるのかな。

 先輩が部屋に入ってきて、紅茶を煎れて何となくテレビの天気予報を二人で見た。
「明日も雪ですね」と言ったとき、急に先輩が近づいて右手を私の背中に回し引き寄せた。力が強かったので、思わず私は肩をすくめてしまうと、先輩は左手で私の髪を撫でた。
先輩が触れるたび、私はビクッとして目もギュッと閉じてしまっていたので、とてもぎこちないキスになった。

 今日はキスまでだよねと思った。すると先輩は左手を髪から私の胸に下ろしてきたので、「待って」と声をあげてしまった。
「シャワー? 先に浴びる?」
「いきなり今日は、ちょっと、無理」
 恐る恐る言う。するといつもは表情があまり顔に出ない先輩が、露骨に悲しそうな顔をしたので驚いた。

「今日は、生理で」
「そっか、じゃあ仕方ないか。来週は絶対、約束」
「あの、その前に順番が。好き、とか言われていない……」
「言わなくても、わかるでしょ」

 先輩は帰り際、玄関口で私を抱きしめてきた。あ、こんなに身長差があるんだ。先輩は終始無言。
壊れ物を扱うように触れてくれてはいるけど、さっきからお腹の辺りに先輩の硬くなったものが当たっていて、どうしよう、これが来週私に入るの? 思っていたより大きい気がするけど、入るものなの? 汗ばんでしまった。 


 次の土曜日の夜、私は声を出さないように必死で我慢した。だって隣は八島の部屋だから。
「芽依ちゃん、もっと力抜いて」
 そんなこと言われても無理。

 私って女として機能不全なのかな? だってなかなか入らなくて、先輩、悪戦苦闘している。緊張のせいかあんまり濡れないみたい。どうしよう、先輩ガッカリしていないかな。
「大丈夫?」先輩は何度もささやく。
私はそのたびに 「はい」 と答えるけど、本当は全然大丈夫じゃない。キツくて擦れて涙が滲んでくる。

 やっと入ったと思った時、「あー……ゴメン早くて」って言われたけど、なにがなんだかよくわからなかった。早さの基準もわからない。そして、一晩で何回もするものとは知らなかった。
先輩の真剣な顔を見ると、私の体で欲情してくれているんだって実感が湧いてきて、だんだん感じてきてスムーズに入るようになった。

 「初めてが先輩でよかった」と言うと、先輩は得意そうに「だろ?」
 先輩だって初めてっぽかったけど。
仲ちゃんの初体験は、彼氏がAVの見過ぎで無茶なことしてきて嫌だったんだって。碧は実は潔癖症でまだ処女。聖ちゃん……聖ちゃんに関しては、最近妙な噂がある。

 毎週土曜日の夜には先輩が訪ねてくるようになった。
「芽依はもう俺無しではいられないよね」
 およそ似つかわしくないセリフを言う。年齢よりオジサン臭いと思っていたけど、二人きりだとまるで中学生男子。

 先輩の腕枕で川のせせらぎを聞く。一緒にいると溶け合うよう。
だんだんと私の体が、先輩のサイズに合わせて微調整されていく。
自分が人のものになるような感覚が、こんなにヒリヒリと気持ちいいなんて知らなかった。

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登場人物紹介

近藤 優名(こんどう ゆうな)


2018年泉水工業医療大学(理工学部)合格。それまでは母と叔母(母の妹)の近藤彩と3人暮らし。明るく前向き。胸キュンの少女マンガが好き。


「彩ちゃんは工場の技術職でカッコいいの。私も早く就職して一人前になって2人に楽をさせたい」


村瀬 芽依(むらせ めい)


バイオ化学システム1年 103号室 華奢で童顔。やや三白眼な瞳が猫っぽい。理知的で控え目な女の子。

「高校時代はガリ勉陰キャで試験しかイベントが無かったな……大学ではとにかく出来事を起こしたい」


百川 諒(ももかわ りょう)


環境工学システム2年 201号室 合気道部。ガッシリとしていて一見強面で老けている。チャラい女が嫌い。霊感があり、見える人。

二宮 治子(にのみや はるこ) 


コーポ種原とたんぽぽ食堂のオーナーで資産家。たんぽぽ食堂の2階に住んでいる。霊感があり、見える人。噂話が好きで少々おせっかい。

畑中 麻美(はたなか あさみ) 


たんぽぽ食堂の調理師 203号室 野菜中心のヘルシー献立が得意。優しく穏やかでオアシス的存在。

北里 聖子(きたざと せいこ) 


芽依と同じ学科 色白で美肌、おっとりとした性格で頼まれると嫌と言えない。最近妙な噂が……

坂入 碧(さかいり みどり) 


芽依と同じ学科 見た目はゆるふわだが、潔癖症ではっきりした性格。BL好き。「最初につき合う人は慎重に選びなさい」というお祖母ちゃんの教えを守り、恋愛には臆病。

仲野 紫織(なかの しおり) 


芽依と同じ学科 恋愛にはアクティブ、サッパリしていて明るい性格。

麦倉 宗太(むぎくら そうた)


電子工学システム3年 202号室 彼女募集中のちょっぴり挙動不審なオタク。ぼんやり霊が見える人。

八島 柊人(やしま しゅうと)


機械工学システム1年 102号室 長身でルックスはいいが、いつも一言余計で金にうるさい。霊感ゼロ。

大山 仁市(おおやま じんいち) 


もと校長先生の民生委員 101号室 虐待児童や貧困児童救出に日夜奔走している。物腰は謙虚で上品。あの世から定期的に視察が来る。

服部 司


村瀬芽依マニア 泉工医大バイオ化学システム 浪人しているため芽依とは同い年だが学年が1つ下


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