第29話 9月 ほぼ1か月振りのピロートーク
文字数 2,967文字
バイトから帰って速攻食堂でご飯食べて、自分の部屋でシャワーを浴びてきたみたい。
私はちょうどその時、自分の部屋で宮下さんのツイートを見ていた。
昨日食堂で宮下さんに会ったとき、家庭裁判所のホームページから離婚調停のための申立書をダウンロードしたと言っていた。
旦那さんの住所を書く欄があったので本人にラインで確認すると、外池製作所近くのウイークリーマンションに引っ越ししていたと。
「外池製作所のことは私、詳しいですよ。ホームページを何度も閲覧しているから。企業理念はきっと社員より把握していると思います。長ったらしいから要約すると、誠心誠意をモットーに仕事を通じて社会貢献だそうですよ。笑える」
宮下さん、泣いたのか目は腫れていたけど、すっきりとした表情をしていた。
宮下さんの胸の穴は空いたままだけど、もう氷雪はこぼれてはいない。
その日の夜はなかなかカロリーの高いツイートを連投していた。
『夫の口数が減ってきたのは 仕事が忙しく疲れているせいだと思い込もうとしていた バランスの良い食事作って掃除して花を飾って髪をブローしてバカみたい 会議だ出張だと偽って あの女とセックスした後の下着を 私は洗わされていたのか』
『気持ちが離れると こうも冷たくなるのか あの2人は なんでも自分たちの思い通りになると思っているのか 今になって惨めさと悔しさがこみ上げて 泣いている 年取ってからも手をつないで歩こうって言っていたよね 嘘ついたんだからちゃんと謝ってよ』
『でも大丈夫 すり減らないように 私は心をナツツバキに預けてある また来年白い花を咲かせるし 私は白い花だから傷ついても汚れたりはしない』
『慰謝料は300万円を請求することにした 来週戸籍謄本をとって申立書を提出する』
宮下さんのツイートに激励のつもりの “いいね” をしようか
私もしたいのは山々だが、身バレが怖い。でもナツツバキのツイートにはグッときたな。
“傷ついても汚れたりはしない” って歌詞みたい。そんなことを思っていたら、急にインターホンが鳴った。モニターを見ると部屋の前に先輩。
時計を見る。まだ7時を過ぎたところ。ドアを開けると、先輩はズカズカ入ってきて、
「八島、テニサーの合宿で今晩いないって」
ベッドにドカッと座ると、
「飯は食っただろ、風呂は?」
「まだ」
「早く入ってこいよ」
本当に先輩はデリカシーというものが……
シャワーを浴びて髪を拭きながら出てくると、「こっちこっち」先輩は手招きして私を隣に座らせる。
「1か月振り、俺もう限界」
すぐに押し倒され覆いかぶさってきた。
「あっちょっと待って」「待たない」
「電気消して、電気」「いいから」
「眼鏡外して」「うるさい」
寝間着のワンピースはあっという間にまくり上げられ、煌々とした灯りの下、私だけ脱がされ全裸にされてしまった。
先輩が首筋から胸にキスをしてきて、私はビクンと背中が反り返ってしまう。
「芽依は感じやすいね」
「やだもう、恥ずかしい、先輩も早く脱いで」
先輩はトレーナーを脱ぎ、笑いながら、
「急かすなよ、ゴム付けるから待って」
急かしている訳じゃないのに! まるで私がお願いしているみたいじゃない。
先輩は背中を向けてゴムを付けると、やっと眼鏡を外し電気を消してくれた。
先輩は私をまさぐって驚いたように、
「芽依、すごく濡れている」
「嘘」
「本当だよ、芽依もずっと俺のこと考えていた?」
「うん……あっ」
「今日は我慢しないで声出せよ、もう入れるよ」
「や、待って、ゆっくり、お願い」
「ああ、久し振りで、キツ……」
先輩が私の肩をがっしり掴んで固定し、じわじわ突き上げると痺れるような電気が走る。先輩は何度も突き上げて崩れるように果てた。声? 出ちゃったかもしれない。
しばらく息を整える。喉が渇いたので飲み物を取りに行こうと、タオルケットを巻いて立ち上がった途端ふらついてへたってしまった。
「なにしてんの」
「腰がちょっと。なにか飲みたいの」
「芽依の腰、細いからな」
先輩は起き上がるとトランクスを履き、そして冷蔵庫を開け緑茶を見つけると、自分と私の分をコップについで持ってきてくれた。先輩は一気に緑茶を飲み干し、そこから説教タイムに突入。
「最近の芽依の服、体にピッタリし過ぎていない?」
「やっぱり変? 似合わないかな」
「いや、あのね、似合うよ、でも他のヤツらが見るから」
「まさか、誰も見ないよ」
私が笑って言うと、先輩はムスッとしたまま、
「変にエロいんだよ」
「え? エロいっていうのは看護師の奥井さんみたいな人を言うんじゃない? 」
「違うんだよなあ……」
と先輩は人差し指で眉間を抑えるいつものポーズをしたあと、
「……芽依、お願いがあるんだ」
「はい」
「芽依って俺やクソガキ達にひどいこと言われても怒らないだろ? 優しいのかと思っていたけど、もしかして最初から他人に対して期待していないっていうか、諦めの境地なんじゃねえの?」
「うん、それは言える」
「はっきり言うよな。いざとなったら関係をリセットすればいいと思っているだろ」
「うん、まあ」
「そうなる前に俺にだけは言いたいこと言ってケンカしてくれよ」
「ケンカは苦手かも」
「俺、口悪いからさ、キツいこと言ってもあんま気にしないで……いや、これから気をつけるけど」
「……」
「……恋愛って難しいな、好きになって仲良くして、もっと単純なものかと思っていた」
「うん、難しいね……」
先輩は私の手からコップを外し、ローテーブルに置くと、タオルケットごと抱きしめてきた。頬に当たる先輩の肌の質感が気持ちいい。また脳が痺れてくる。私、どんどんバカになっていくみたい。
先輩が耳元で、「もう一回いい?」
宮下さんと旦那さんも、今の私と先輩のように脳内にアドレナリンやドーパミンが噴出して混沌状態になった時期があったはず。
あ、そういえばツイートに『大恋愛で結婚した訳ではなかったけど』とあったな。婚活イベントや紹介とかで知り合ったのかな。でも新婚の時はそれなりに楽しかっただろう。
そして脳内物質の分泌も月日が経てば減少していく。2,3年といったところか。そして現在は、旦那さんと不倫相手が脳内物質でドラッグをキメているような状態なのだ。
離婚調停は、宮下さんのペースで進むだろう。恋愛中の旦那さんは、冷静な判断ができないのではないだろうか。
宮下さんから、家庭裁判所から届いた調停期日通知書を見せてもらった。
「申立書が受理されてね、これが呼出状なの。夫にも同じものが届いているの」
宮下さんの微笑みが妙に怖い。
「思ったより早くてよかったわ」
覗き込むと、第一回調停期日は10月9日水曜日とあった。
そういえば宮下さんのツイートの中に、たまに不思議ツイートが混じるときがある。
『私を裏切ったことを謝ってくれれば教えようと思う 夫の車のトランクに小さなプレゼントの箱があった 私の誕生日プレゼントだったら教えようと思う』
『夫が首筋に わかりやすいキスマークを付けてくるようになった さすが泥船にのったお嬢様 私は2人に舐められている それなら2人で沈めばいい』