第12話 1月 繁殖する石①~子ども食堂支援~

文字数 2,195文字

 たんぽぽ食堂のインスタやツイッターは、少しずつ拡散した。
福祉医療学部ボランティアサークル『いずみ』からの ”いいね” すらありがたく感じた。

 そろそろ落ち着いてきた頃、ポツンと『スーパーヤオシン』がフォロー、リツイートしてくれた。
大学から大通りに出て向かいにある地元の古いスーパーマーケット。
バイトの道すがらスーパーヤオシンの前を通ると、屋台の焼き鳥と焼き芋のいい匂いが漂ってくる。

 その頃の私達は、大多数の応援メッセージにほっこりしていたのだが、たまに油断したところに差し込んでくる心ないリプに地味にダメージを受けていた。
「この人ちょっと頭オカシイよ」
「儲けようとしていないのに。誤解を生むようなことは言わないで欲しい」
「この人の文章、意味わかんない。わざとなのかな」
「もういいです、偽善者で。アナタよりましです」
 麦倉先輩、碧、仲ちゃん、聖ちゃんが愚痴を言う。
百川先輩と八島はどこ吹く風。実を言うと私もノーダメージ。

 だって、大勢人間がいれば一定数のパーソナリティ障害はいるものだし。
意識か無意識かわからないけど、他人を振り回すのが大好きな、予測できない思考回路の人間は必ず存在する。そういう人間と接触すると消耗するだけなので、関わらないのが一番なのだ。その意味で、私の高校時代の身の振り方は正しかったと言える。
「こんなに私達が気になるなんて、実質ファンじゃない?」
 つい軽口を叩いてしまい、4人に睨まれる。首をすくめながら、
「ブロックしちゃえば? 」


 土曜日の昼下がり、私はいつものように子ども達が宿題をするそばで、パソコンでレポートを作成していた。
窓を見ると鈍色の空の下、勝手口から出て買い出しに行く畑中さんの後ろ姿が見えた。
今日はスーパーヤオシンで卵と納豆が特価らしい。卵と言えば、またあれ作って欲しいなぁ。トロトロの豚の角煮と一緒に煮込んだ、真っ赤な黄身の半熟煮卵。付け合わせの長ネギと青梗菜もセットで。

 食堂のヒーターと加湿器は心地よく、枯れ葉舞う外界とを見比べるとシェルターのような秘密基地感がある。子ども達が居眠りするのも仕方ない。
大家さんはカウンターで、『世界の皇室・ロイヤルファッションのすべて』という写真集をうっとり眺めている。

 その時、『準備中』のプレートが出ているというのに、食堂の引き戸がためらいなく開いた。
みんなで入り口を振り向くと、初めて見る顔のおじさんが立っている。
おじさんは店内をキョロキョロしてから、カウンターの大家さんを見つけると突進して、名刺を出して挨拶をしていた。
何となく落ち着きの無いおじさんだなぁ。
私はバイトの時間になったので、ダウンコートとマフラーで装備して食堂を後にした。


 バイトを終えた帰り道、そのまま夕飯を食べに食堂に立ち寄る。すると、待ち構えていたような大家さん。
「村瀬さん、今日来ていた男の人、誰でしょう?」
大家さんが得意そうにクイズを出す。問いが漠然とし過ぎていて、私は途方に暮れる。

「ヒントください」
「じゃあね、村瀬さんも行ったことがあるお店の人です」
 大学と種原山とバイトをグルグル回っている私が、行ったことのあるお店?
「もしかして、ナチュカの関係者?」
 もう種明かしをされている麦倉先輩と八島が「そんなわけないでしょ」「やっぱり村瀬ってズレてるよな」と失笑する。
「降参? スーパーヤオシンの店長の吉本さんよ」

 確かに、スーパーヤオシンには毎週牛乳やジュース、ヨーグルトなんかを買いに行っている。大家さんが吉本さんの名刺を見せてくれた。

『八百新グループ スーパーヤオシン天神町店 店長 吉本 雅史』

 私がキョトンとしていると大家さんは、
「たんぽぽ食堂で慈善活動をしているのを知って、支援を申し出てくれたのよ! あんた達の宣伝のお陰ね」
 麦倉先輩が、
「食べられるのに形が悪かったり傷がついていたり規格外だったりする食材とか、箱が潰れていたり売り物にならない商品を寄付してくれるって。本部の承諾もとってくれたってさ」
 と補足すると、皮肉屋の八島が(かぶ)せてくる。
「まあ、スーパーヤオシンとしても廃棄コストの削減と企業イメージアップになりますから、損にはなりませんよ」
 訳知り顔で何様のつもりだ。

「それじゃあ、もうこれからは大山さんが自腹切ったり、畑中さんがやり繰りに苦心しなくても済むってこと?」
 百川先輩が頷いた。さっそく、碧達に知らせなくちゃ。
ラインを送って一段落し、大山さんと畑中さんを見ると、2人とも浮かれた様子も無くいつも通りなので少し拍子抜けした。

 翌週の土曜日、また吉本さんはやって来た。さっそく段ボールに食材を運んできてくれたのだ。
「あらまあ、店長さん直々に、悪いですねぇ」
大家さんが出迎えると、吉本さんはキョロキョロして落ち着き無く顎を触る。これ、癖なんだな。

「あー、いや、懐かしくて、昔ここに食べに来たことあるんですよ」
 厨房の奥から、畑中さんが出て来た。
「調理師の畑中です。お世話になります」
「あっ、店長の吉本っす、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げそして顔を上げた瞬間、畑中さんは目を見開いて声をあげた。

「もしかして、もしかしてですけど、元拓さん、元村さんのお友達の方じゃないですか?」
 吉本さんも、
「もっ元拓さんを知っているんですか?」
 声が裏返っている。
いいところでまたバイトの時間がやってきた。

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登場人物紹介

近藤 優名(こんどう ゆうな)


2018年泉水工業医療大学(理工学部)合格。それまでは母と叔母(母の妹)の近藤彩と3人暮らし。明るく前向き。胸キュンの少女マンガが好き。


「彩ちゃんは工場の技術職でカッコいいの。私も早く就職して一人前になって2人に楽をさせたい」


村瀬 芽依(むらせ めい)


バイオ化学システム1年 103号室 華奢で童顔。やや三白眼な瞳が猫っぽい。理知的で控え目な女の子。

「高校時代はガリ勉陰キャで試験しかイベントが無かったな……大学ではとにかく出来事を起こしたい」


百川 諒(ももかわ りょう)


環境工学システム2年 201号室 合気道部。ガッシリとしていて一見強面で老けている。チャラい女が嫌い。霊感があり、見える人。

二宮 治子(にのみや はるこ) 


コーポ種原とたんぽぽ食堂のオーナーで資産家。たんぽぽ食堂の2階に住んでいる。霊感があり、見える人。噂話が好きで少々おせっかい。

畑中 麻美(はたなか あさみ) 


たんぽぽ食堂の調理師 203号室 野菜中心のヘルシー献立が得意。優しく穏やかでオアシス的存在。

北里 聖子(きたざと せいこ) 


芽依と同じ学科 色白で美肌、おっとりとした性格で頼まれると嫌と言えない。最近妙な噂が……

坂入 碧(さかいり みどり) 


芽依と同じ学科 見た目はゆるふわだが、潔癖症ではっきりした性格。BL好き。「最初につき合う人は慎重に選びなさい」というお祖母ちゃんの教えを守り、恋愛には臆病。

仲野 紫織(なかの しおり) 


芽依と同じ学科 恋愛にはアクティブ、サッパリしていて明るい性格。

麦倉 宗太(むぎくら そうた)


電子工学システム3年 202号室 彼女募集中のちょっぴり挙動不審なオタク。ぼんやり霊が見える人。

八島 柊人(やしま しゅうと)


機械工学システム1年 102号室 長身でルックスはいいが、いつも一言余計で金にうるさい。霊感ゼロ。

大山 仁市(おおやま じんいち) 


もと校長先生の民生委員 101号室 虐待児童や貧困児童救出に日夜奔走している。物腰は謙虚で上品。あの世から定期的に視察が来る。

服部 司


村瀬芽依マニア 泉工医大バイオ化学システム 浪人しているため芽依とは同い年だが学年が1つ下


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