第11話 12月 クリスマスを編集
文字数 3,937文字
「たんぽぽ食堂のクソガキ達にもクリスマスっぽい雰囲気を、ちょっとは味合わせてあげたいかなって思うんだよね」
「私、悲しいことにクリスマスの予定無いから準備手伝うよ。芽依、ボランティアサークルよりボランティアしているじゃない」
「私もバイト終わったら行くね」
「コーポ種原の3人も来る? 3人揃っているところをライブで見たい」
碧の言葉にみんな笑いだし、快く協力してくれることになった。いい人達で本当によかった。
大体において、泉工医大理工学部の女子は真面目でいい人ばかり。
人数が少ないから確率的にサイコパスが紛れ込まないのかもしれない。
とにかく助かった。ずっと陰キャだった私は、クリスマスの準備というものがよくわからない。実家にいたときは、弟達がメインで私は蚊帳の外だったし。
たんぽぽ食堂のクリスマスは懲りすぎず、準備1時間、パーティー1時間でバカ騒ぎもせずあっさりとしたものだったが、おおむね好評だった。
もう少し一緒にいたいというところでお開きにしたのが、いい余韻を残した。実は小僧小娘達のアラが出る前に撤収したというべきか。
私は久し振りにスカートを履いたら、小娘達が気を遣ってくれた。
「芽依ちゃん、珍しいじゃん」
「似合う似合う、かわいいよ」
「いつも履けばいいのに、あ、でもバスケできないか」
功労者はやはり畑中さん。前日から仕込みをしてくれた。
大量の手羽先の唐揚げ、カボチャのコロッケ、フライドポテト、根菜のグリルサラダはカボチャ多め、種類豊富なキノコのマリネ、メインは何故かカボチャのほうとう風煮込みうどん。
カボチャ入りのメニューが3つもあるのは、直前に夫婦そろって畑中ファンの農家からカボチャを沢山いただいたためだった。
聖ちゃんと麦倉先輩が、近くのスーパーヤオシンで半額で買ってきたロールケーキ。
仲ちゃんが準備してくれたクリスマスBGM。
私と百川先輩が100均で買ってきたクリスマスの飾り付けは、小僧小娘達に手伝わせたところちょっと七夕っぽくなった。
子ども達はもちろん無料。子ども以外はワンコインの500円の設定だが、それとは別に募金箱を置いた。
事前に碧がシンプルで目を引くポスターを製作し、店頭に張りSNSで発信。碧の有能さには目を見張るばかり。
『子ども食堂INたんぽぽ食堂 クリスマスチャリティーディナー』
常連の種原病院や泉工医大、泉水信金の職員の他、初めて見るような人もチラホラやって来て、募金箱に硬貨や千円札が重なった。
いつもは渋い顔の大家さんはお客さんから賞賛を受け、張り付いたような笑顔を浮かべている。
何がどうしてこうなったのか、引くに引けなくなったという表情。そんな大家さんの感情が手に取るようにわかるので、私と百川先輩は目配せをしてこっそり笑っちゃう。
一番良かったのは、大山チルドレンの現在のレギュラーメンバー全員が揃ったこと。最近常連になったユメト君もいる。
ユメト君は夏の終わりに、痩せた体に7分丈ペラペラパンツとクロックスで父親と一緒にデビューして以来そのスタイルを貫いてきたが、12月に入ってから天神中学校ロゴ入り長袖長ズボン体操着にシフトチェンジして、周囲をホッとさせていた。
最初は入口近くに座り警戒しながら早食いして、持参した小汚いタッパーにおかずを詰めて、泥棒猫のように走って帰っていったユメト君だったが、だんだん慣れてきた。
特段、怒られが発生しないということがわかってきたらしい。滞在時間が延びてきて、石を握ってうたた寝するくらいにまで打ち解けてきた。
本当に野良猫だなぁ。
そんなユメト君は、細かいことにはこだわらないが数字にだけはやたらこだわる。数にはそれぞれキャラや色があるらしい。
「 ”78” のかっこよさは無敵なんだよ」
「 ”97” も最強だよね 」
私が答えると、
「ずるい、 ”97” はずるいよ~」
クリスマスの12と24は強くて暖かい数字とユメト君は言う。
そして私の数字は ”17” で、百川先輩は ”18” らしい。
「近いから仲良しなんだよ」とユメト君が言ったとき、百川先輩の顔をチラッと見たら目が合ったので、そのまま顔を反らしてしまった。
「畑中さんの数字は ”29” だよ、強いのにそれを隠しているから」
イベントが終わり片付けして精算して、その後のお楽しみといえば女子だけの反省会。
冬休みに入ってすぐ、記憶が新しいうちにみんなで私の部屋に集まった。
これだけでもう楽しくて知恵熱が出そう。
開口一番にみんなは、
「麦倉先輩、垢抜けたじゃん」
「ねー、ちょっと夏目恭司に似ていた」
「仲ちゃん、麦倉先輩と盛り上がっていたね」
私が聞くと、仲ちゃんは照れ隠しなのか手をヒラヒラさせながら、
「あっ、ゴジラの話でとまんなくなっちゃって、思っていたより紳士的? 優しい感じだった」
麦倉先輩は優しいことは優しいのだ。
そしてナチュカで女の子に対する免疫がつき、以前の挙動不審が消滅して余裕が生まれたようだった。麦倉先輩にとって、ナチュカは無駄ではなかったようだ。
麦倉先輩は仲ちゃんと共通の話題で盛り上がったあと、聖ちゃんにも頑張って話しかけていた。
一見地味だけど肌が透き通るように白く、清楚でおっとり、NOと言えない性格の聖ちゃんは、実は4人の中で一番モテるのだ。
「北里さん出身はどこ? 三依市? 地元なんだ。三依市のどこ? 雲間境温泉? 知ってる、県境の秘境だよね、だから少し訛りがあるんだ。ゴメン、バカにしていないってば。女子の方言っていいよね。肌がきれいなのは温泉のせいか……高校はどこ? え、三依から泉水北高まで通っていたの? 電車で1時間半くらいかかるよね、さすがに今は通っていないでしょ? あ、女子寮、あ、そう」
麦倉先輩は楽しくおしゃべりしているつもりだろうけど、ちょっと取り調べみたいだった。
「それにしても八島、ウザかったねー」
「はしゃいでいたよねー」
やはりそうきたか。そうくるよね。
クリスマスの日の碧は、白のニットワンピに赤と緑のチェックのストール。スタイルのいい仲ちゃんは、赤いニットにグレンチェックのスキニー。2人とも華やかでよく似合っていて、八島が何度もチラチラ見ていた。
麦倉先輩が意外にも女子と和気あいあいとしているのを見て、八島は焦ったのだろう。空回りしていたっけ。
碧がクリスマスチャリティーディナーの写真を見返していた。
お客さん達は写真をSNSにアップすることを快く同意してくれていた。
「碧、いろいろ面倒かけるね」
「私、こういう作業好きだわ、全然疲れないもん」
碧は画像の色味を鮮やかに補正し、暖かく、センス良く編集した。あれよあれよいう間に、ここは東北央地方の中でも田舎だというのに、まるで北欧っぽい雰囲気を醸し出したではないか。
クリスマスの飾り付けをする子ども達のショットを入れてから、カウンターに並んだ畑中さんのご馳走、その臨場感!
そして子ども達が料理を頬張る姿の奥に、常連さん達ののんびりした笑顔のナイスショット。
今でも思い出す。手羽先とカボチャコロッケとフライドポテトは子ども達が群がったので、私は根菜グリルとキノコのマリネとほうとう風煮込みうどんをいただいたのだけれど、あれ、染み渡ったなあ。
さり気なく引いたアングルの募金箱のショットと、たんぽぽ食堂の看板を入れて、入口に飾った手作りのクリスマスリース。
これは私と百川先輩と子ども達とで、種原山の松ぼっくりや枯れ枝を拾って作ったものなのだ。
それから後日、たんぽぽ食堂で子ども達が宿題をやっている風景もアップした。麦倉先輩、ホワイトボードを使って左斜めの角度がちょっとカッコいい。本人もご満悦で保存して何度も見返していた。
コメントは『たんぽぽ食堂では子ども食堂と、ボランティア学生による学習支援を行っています』
いつもは小僧小娘達と憎まれ口の叩き合いをしているというのに、すごいな編集の力って。みんな素直で健気な子に見える。
実際のアイツらときたら、全員とは言わないがドライでしたたかだし、「ありがとう」もろくに言わないし、平気でこちらの好意を裏切ってきて、「もしかして私は試されているのだろうか」と自問自答する日もあるというのに……記憶が改ざんされそう。
「どうしてだろ」
碧がしきりに首をかしげる。覗き込むと大山さんの画像。
「なんでか、背後に白い靄がかかるんだよね」
見ると、靄と言うより微かな光のよう。
「人格者の大山さんだから、オーラか後光じゃない?」
「芽依がそう言うんじゃ、オーラか」
「なにそれ、私達理系だよね」
「それじゃあ、アップしまーす」
『
ありがとう
』「え?」
「どうした? 芽依」
風の音だったかな。「いや、何でも無い、空耳」
「そういえばさ……芽依、百川さんとつきあっているの?」
「あー私も思った」
焦った私は、「いや、まだ、つきあっているってわけじゃ」
「いいから早くつきあっちゃいなよ、お互いフリーでしょ?」
「そうだよ、青春は短いよ」
会ったことの無い近藤さんが頭をよぎった。近藤さんのイメージは純白の百合の花。
その晩夢を見た。
コーポ種原の小川のほとりで、見るからにシャイなおじさんが佇んでいる。
はにかんだ笑顔で、
「ありがとう、いいタイミングでした。僕の友達によろしく」
いつの間にかその後ろに、白黒猫を抱いた女の子がいた。
同い年くらいかな。おでこを出し髪を一つにまとめ、キリッとした眉毛の凜とした女の子。
その子も笑顔で言った。
「バトンタッチしてくれてありがとう。子ども達に ”居場所” を作ってくれてありがとう」
感謝するのは私の方。
私も自分の居場所を見つけられたんだもの。