第1話 3月 前期試験合格! ~アパート探し~
文字数 2,004文字
国立泉水工業医療大学の合格を確認した。
理工学部、バイオ化学システム。
安全圏だったけど、安堵からその場にへたり込む。
そのまま震える指で、仕事中のお母さんと
『良かった! 国立に合格してくれてありがとうね』
『優ちゃんおめでとう お祝いに入学式のスーツ作ってあげる!』
我が家は母子家庭。
小学5年生の時、お父さんは出て行った。
それからは、お母さんと彩ちゃんと私の三人暮らし。彩ちゃんというのはお母さんの妹で、私の叔母さんにあたる。
派遣社員のお母さんの収入は低い。入学金、授業料免除の申請はした。奨学金とバイトでやっていけるはず。
第一志望の泉工医大に合格できて本当に良かった。お父さんは私の大学進学なんて興味ないだろう。
今ごろは新しい家族と、得意のキャンプでもしているのかもね。
ほっとしたのも束の間、住むところを探さなければいけない。女子寮は福祉医療学部の女の子達でもう一杯なのだ。
土曜日、アパート探しのため、お母さんと一緒に朝一の快速に乗った。
県を越えて乗り換えして泉水駅に近づくにつれ、心配性のお母さんは3回呟いた。
「家賃が全部込みで3万5千円未満のところにしてね。ネットで見たけど泉水市は田舎だから結構あるみたい」
「わかってる」
どんどん侘しくなる車窓を見ながら返事した。贅沢言えないのはわかっているけど、せめて共同トイレではありませんように。
自宅から3時間ちょっとでようやく泉水駅に到着。予約しておいた『ひだまり不動産』を訪ねる。駅前の狭い店内は、男の子の親子連れで賑わっていた。
泉水工業医療大学は、駅前通りを西に行った大通り沿いに位置する泉水地域医療センターに併設された福祉医療学部と、そこから更に西に向かった種原山付近にある理工学部とに分かれている。
私はツーブロックの厳つい担当者に、理工学部に進学することを告げ、ピックアップしておいた4つの物件名を記したメモを渡した。
「あー、ここさっき決まっちゃったんですよ、この2つも契約済みですね、これは今ちょうど下見に行っている最中でして」
え? 一足遅かったの? 焦った私は意味も無く店内を見回す。
「家賃3万5千円前後でしたら、ここはどうですかね」
広げた地図の上、ツーブロックの太い指先を見る。
……そばの太い道路、高速道路の高架下っぽく見えるけど。
「あとはココとか。陽当たりイイですよ」
大学から遠いな。バス停も遠い。なんか、ドキドキしてきた。
「とりあえず、いくつか現地を見てみますか?」
ツーブロックが見繕ってくれた物件を車で回ることにした。
車を運転してくれたのは、高橋さんという若い女性の社員さんだった。新人なのかな、黒髪を1つにまとめて真面目そう。
ツーブロックが選んだ、敷地スレスレをトラックが走るたび振動が伝わるワンルームや、入り口で外国人がたむろしているワンルームを見た後、
「ここ、利便性はあると思いますが」
最後に見せてもらったワンルームは、比較的きれいで駅に近かった。
駅から大学までは無料のスクールバスがあるから問題ない。
ここでいいんじゃないか、誰かに取られる前に決めないと、と思った矢先、お母さんが小声で耳打ちした。
「ちょっと、見て」
アパートの隣の建物に、新興宗教『クリスタルギルド梯子の会』の看板が。
確か朝夕と太鼓を打ち鳴らしお経を唱えるカルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』が分裂してできた団体。投資セミナーやフリースクール、様々なグッズ販売を手がけるインチキ宗教って噂がある。
お母さんと2人、電池の切れた顔で立ちすくんでしまった。
勧誘されちゃうよね、でもそれだけを我慢すればいいのかな、疲れのせいか頭の中がグルグルする。
「やっぱり気になりますよね。もしよかったら、私のお勧め物件があるんですけど……」
高橋さんのお勧めならツーブロックチョイスよりはマシな気がする。
「お願いします」
私とお母さんは顔を上げた。何故か高橋さんが目を合わせない。
「初めにお話ししておきますが、
数秒間を空けて、お母さんが露骨に顔をしかめながら、
「事故物件のことですよね、そこで殺人や自殺があったとかいう」
高橋さんは、あっ、と軽く声をあげて、
「そこまで凄くはないんです。事件や自殺は起きていませんし、いないんですけど、霊感の強い人にはちょっと見えてしまうという変な噂がたってしまって、大家さん困っているんです」
「私、そういうのは気にしません。便利で安いのが最優先なので」
霊感の無い私は即答した。
「噂が気にならないのなら、個人的にはとても良い物件だと思いますよ。大家さんもいい人ですし。ま、とにかく、見るだけでも」
高橋さんは少しホッとした顔。
私とお母さんは、また高橋さんの車に乗り込んだ。