第43話 11月 マントラ返しか縁切りか
文字数 2,280文字
「宮司の田中です。これからお祓いを始めます」
後ろで正座していた諒君に、
「お兄さんもこっち座って」
と声かけたので、並んで座った。
宮司は
「逆恨みじゃん」
と呟いた。そして早口でまくし立てるように、
「あんたらはさ、ここに住んでから徳を積んでいるみたい。二人とも働き者だしね。だから夏頃からカラス男の邪念を受けていたけど深刻なダメージには到ってなかったわけよ。でもねカラス男はさ、お姉さんが手に入らないとわかって逆上してとうとう魔物を呼んじゃった。呼んだはいいけど魔物は帰ってくれなくて、逆にのっとられちゃったわけ。梯子の会の人形なんて使ってさ、呪いに手を染めるからそういうことになるんだよなぁ。周辺地域の治安維持のため魔物には丁重にお帰りいただくけど、そのあとどうする? カラス男のマントラをそっくりそのまま本人に返す? それともカラス男とバッサリ縁切りでいい? 料金は一緒だけど」
「縁切りでお願いします」
私の言葉に諒君も頷いた。
「了解」
宮司さんは水にくぐらせた艶々の榊の束を手に持ち、スッと構えた。
そして一気に振り下ろすと、巨大な滝の下にいるような清涼な空気があたり一面に広がり、私は思わず大きく息を吸い込む。
みるみる視界がクリアになっていった。
帰りにお婆さんが手招きして六畳のお座敷に通された。
「緊張したかしら? もう大丈夫よ、うちの秀一さんお祓いの腕はピカイチだから安心してね」
ジュースを出してくれた。いただくと一口で高価なものとわかる林檎ジュース。美味しいねと、諒君と小声で話した。
ホッとして部屋を見渡すと、奥の小部屋にきれいな箱や紙袋が無造作に積んである。贈り物みたい。お客さんからのお礼の品なのかな?
「母さん、俺のはサイダーで割って」
「糖分の取り過ぎになっちゃうわよ。あ、そうそう、万が一1か月たっても解決しなかったら、また来てね。その場合料金は無料ですよ」
「大丈夫だよ、俺にとっちゃカラス男は雑魚キャラ。でもわりと執着すごかった。お姉さんから最初に優しくされたのが忘れられなかったみたい、それを何回も反芻していた」
優しくした? 私が?
「一番最初だよ」
服部は新入生オリエンテーションに遅刻してきた。
焦った表情でウロウロしているのを見かけた私は「新入生ですか?」と声をかけ、講堂に案内してあげた。
「やさしく微笑んでくれたのがとっても嬉しかったんだってさ。運命を感じたみたいよ」
微笑んだ?
そういえばあのとき、講堂前の池の噴水が勢いよく水しぶきを上げていたので、可笑しくなったのだ。
「うちの大学ってイベントのときしか噴水が出ないんですよ。今日は久し振りに噴水が仕事しています」
そう笑いながら話した記憶がある……
私は愕然とした。勘違いさせてしまった私がいけなかったのだろうか。
「お姉さんは考えすぎ、絶えず水面下でアプリが無駄に動いているみたい。この兄ちゃんに振り回されているくらいが気が紛れて丁度いいのよ。この兄ちゃんは兄ちゃんで見かけよりすぐ熱くなるから冷却水が必要、お姉さんに冷やしてもらわないとね」
「よそ様のことはよくわかるのに……どうして自分のお嫁さんは見つからないのかしら」
「うるさいなっ」
程なくしてカラス男の気配は消えた。思えばいずみ祭りの頃、赤石南工業団地あたりからつきまとっていたあの気配。
大学で服部を見かけなくなったので、本郷さんに尋ねると、
「服部は今、福祉医療学部近くのクリスタルビルってところでバイトしている。ずっとバイトに入り浸っているみたいよ。このままだと単位落として俺みたいに留年しちゃうんじゃなーい?」
ナチュカのビルだ。服部の意識が別の方向に向いているのを感じて、私は安堵した。
あの落ち着きの無い田中宮司は本物だったのだ。
11月も終わる頃、諒君と一緒に泉水ガーデン・アウトレットに行った。
私の誕生日プレゼントを買いに。誕生日は過ぎてしまっていたけれど。
諒君は指輪といったけれど、照れくさいのでネックレスにしてもらった。
シトリンという小さな黄水晶と目が合ったので、それを選んだ。
暖かくて優しい色。ちょうど11月の誕生石だった。
そのネックレスを初めて身に付けて大学に行ったとき、すぐに菅君が「おや?」という表情を浮かべた。こんな米粒程の鉱物によく気がつくなぁ。
外のコミュニケーションパークの樹木の下。
ツカツカ来るなりいきなり無言でペンダントヘッドを指でつまむと、顔を近づけ凝視。ノータイムで来たので逃げようがなかった。
「黄水晶か……かわいいね、値段はいくらくらいなの? へえ! いいよこの子、掘り出し物だよ、いい子見つけてあげたね」
菅君レベルになると、鉱物が擬人化するのかな。そんなに見つめたら、黄水晶が恥ずかしがってしまいそう。
端から見ると、シャツの胸元から私の浅い谷間を覗いて興奮している人みたいに見えるんですけど。
聖ちゃんと諒君にこんなところを見られたら面倒なことに。でも菅君ペンダントヘッドをしっかり指先で掴んでいるから、下手に動くと千切れそう。
「菅君、ね、今、ネックレス外すからゆっくり見て?」
「うん」
ダメだ、菅君鉱物に集中しすぎて聞いていない。
その時、右目の端に手を振る人物。本郷だった。ニッコニコでスマホを取り出した。
「村瀬ちゃんの困り顔イイネ! グリ呼ぼうか? グリの反応が見たい」
「本郷さん待って」
泉工医大理工学部の日常が戻ってきた。