第7話 10月 ナチュラルカーネーション~ハロウィンキャンペーン~
文字数 3,091文字
もっさりした髪をかなり
前髪で隠れていた目は、二重でちょっと可愛い感じだった。
それからいつも手油とフケで汚れていた銀縁眼鏡を、細いフレームのシュッとした黒縁眼鏡に替えた。
首がダルダルなTシャツと毛羽だった緑のチェックシャツは、もう着ていない。爽やかな水色のダンガリーシャツをよく見つけてきた。やればできるじゃないか。
「なに? 村瀬サン、睨まないで、怖い」
驚きのあまり私は、麦倉先輩を見つめていたようだ。
「すみません、ちょっと驚いたもんで」
「変かな?」
「いえ、変じゃないです、ただまだ慣れないだけです」
よく似合っています。少し俳優の夏目恭司に似ています。と思ったが、黙っていた。調子に乗るといけないから。
ナチュカに行くためにバージョンアップしたのか。そんなにハマるなんて。
私も潜入して実際にこの目で確かめたくなった。
私が普段のままナチュカに行ったら、絶対に化粧品を勧められてしまうだろう。
あの女どもに取り囲まれるのだけは避けたい。私なりに装備を
私は坂入碧を頼ることにした。
「碧のテクニックで、私に、メイクを、施して欲しい」
「どうした芽依、切腹するから介錯して欲しい、みたいなテンションだぞ」
「ナチュラルカーネーションとかいう悪の組織に潜入捜査をするためなのだ」
「変装するってこと?」
「変装ではない。2時間だけでいいから、福祉医療学部のカースト上位の女子っぽくなれるだろうか」
「芽依、それは変装だな」
碧は美術系の大学を志望していたのだが、両親、先生から猛反対され泉工医大に来たという。
碧の中身はBLオタクなのだが、外見は可愛いゆるふわ女子大生。とにかくメイクが上手でみんな騙されるのだ。ノーメイクに見えるメイクというパラドックス。
「だって私、日本画の修復をする職人になりたかったんだもん、メイクぐらい楽勝よ。私にプロデュースさせてくれるなら、ミス泉工医大フォト部門のファイナリストも狙えるから」
「いえ、それは狙わなくて結構です」
碧はリュックから使い込んだ存在感のある2つのポーチを取り出すと、私の顔を凝視しながら、いくつかの容器をトントントンとテーブルに並べだした。まるで実験が始まるみたい。
碧の目が真剣。私の顔に優しく下地を延ばして、更に肌色補正の下地も少し重ねる。そして一歩引いて私の顔をチェック。
私はちょっと黄色みが強いから大変なのかな、大丈夫かな。
それからファンデーションを2つ混ぜると、薄く丁寧に置いて、またまたほのかに血色を良くするピンクの練りチークを叩いたところで、私に限界がやってきた。
「碧、お願いしておいて悪いんだけど、あとどれくらい行程があるの?」
「まだまだこれからよ、今土台を作っているところ」
「ごめん、ギブアップ。呼吸ができない」
結局私はマスクをしただけの、いつもの丸腰ともいえるべき軽装で敵地に赴いた。
本日のナチュカは『ご新規さん歓迎ハロウィンキャンペーン』らしい。
上境郵便局前でバスを降り、ナチュカの入っているビルに着く。クリスタルビルだって。ダサい。
今にも降り出しそうな曇り空。
イベントのスタート時間から12分ほど過ぎてしまっていた。最後の最後まで行くかやめるか、迷っていたのだ。
古く狭いエレベーターに乗り3階のボタンを押す。すぐにガコンッと揺れてドアが開くと、『ナチュラルカーネーションはこちら』雑な手書きの案内板。ここか。さっそくドアの向こうからハイトーンな女の子の声が漏れてくる。
静かに静かにドアを開けると、店内は薄暗くむさ苦しい男の背中がたくさん見えた。
前方スクリーンの両脇に、ハロウィン仕様のメイド服の女2人が立っている。
パワーポイントで交互に商品の説明をしているようだった。
少し目が慣れてくると、右はツインテール、左は三つ編みお下げのシルエットが見えてくる。それにしてもスカートが短すぎるだろう。
私は忍び足で一番後ろの端のパイプ椅子に座った。
「はい、それでは私達がお勧めするテラバイオヘルツ波動鉱石ですが、なんと、1秒間に1兆回も振動するんですよ! 1兆回ですよ、すごくないですか!」
ツインテールの声は酒焼けしたかのようにしゃがれている。
「その振動が血行を良くして、老廃物を除去したり細胞を活性化することが実験で証明されました」
三つ編みの声は滑舌いいアニメ声優みたい声。
画面が変わった。実験の数値やグラフを期待したが、ラベンダー畑をバックに家族連れが陽射しを受けて微笑み合うチープなイメージ映像。チープなBGM。
「まずは私達の活動を理解してくださっているみんなに、一番最初に幸せになって欲しいでーす」
会場から「ありがとー、
「その気持ちだけで十分! 」
「みんなで幸せになろーねー」
「また買っちゃうよー」
いちいちうるさいガヤのオヤジが3,4人いるな。
「ガンや脳梗塞、心臓病はもちろんのこと、発達障害にも効果があったという報告がありました」
「そして、効果を感じたよ、良かったよ、という皆さまには、ぜひぜひお知り合いの方にですね、勧めていただけると嬉しいでーす」
「効果の出方は個人差があります。体に不純物が溜まっていると、最初、好転反応が起こり、一時的に調子が悪くなってびっくりされる方がいらっしゃるかもしれません。デトックスなので心配なさらないでくださいね。信じて続けていただければ、いつの間にか体が軽くなり生活が向上しますから」
「気持ちも体もポジティブになって、新しいことにもどんどん挑戦できますよー! 」
「泉水工業医療大学でも研究している最先端医療のテラバイオヘルツ波動鉱石。今日だけの特別プライス、30%オフで提供させていただきます」
「おー」会場から拍手。
照明がついた。
ノリのいい喋り方のツインテールが福ちゃんか。
少しぽっちゃりして目が大きい。明るく気さくな愛嬌お化け。わかりやすいキャラで人気がありそう。
スレンダーでスタイルがいいのがサワちゃん。
声が可愛いだけで無く、なんというか、弦楽器のように心地よく振動してずっと聞いていたいような声色なのだ。話の内容はとんでもないのだが。声のせいで信憑性が高まってしまっていて、まるで催眠術みたい。
人って、話の内容よりも雰囲気や声のトーンを重視しそうだものね。特にこんなところに集まる人間は。
2人とも大袈裟に後ろを振り向くたびに、フリルの見せパンをチラつかせる。
2人ともそのままで可愛いのだから、そこまでやらなくても、と思う。ここまでサービスされると、申し訳なさで購買意欲が増すのかもしれない。
ガヤを入れるのは古参のファンだろうか。福ちゃんが笑顔で手を振る。
見渡すと右側の壁沿いに立っているのは、たんぽぽ食堂に来た巨乳ボブ。
ウェイトレスのようなメイド服が更に巨乳を際立たせている。
反対の左には栗色セミロング。
無防備な表情。ちょっと隙がありそうなところが、男からするといいのかもしれない。
あとは『研究生』のネームプレートを付けた、高校生みたいな初々しい女の子。
私が男だったら、研究生の子かな。サッパリしていて胸焼けしないし。おっと、いつの間にか私も男目線になっていた。
後ろの窓際で全体を見ているのは代表者だろうか。
紫のチャイナ服で手には扇を持っていて貫禄が違う。マンガでいうところの覇王色。
最強の布陣だね。こういうのなんて言うんだっけ? 前門の虎、後門の狼?
「最後になにかご質問はありませんか?」
私は手を挙げていた。
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