第39話 11月 芽依ちゃん危機一髪①~服部、再び襲来~
文字数 1,803文字
聖ちゃんと一緒に学食で昼食を食べ終え、おしゃべりしていたときのこと。
聖ちゃんが急に顔色を変え、「ちょっと後ろ」と指をさす。
振り向くと青白い顔の服部が、至近距離で立っていた。
いつもの黒いパーカーがカラス風味を増している。
「なんですか」
少し間合いをとって、かすれ声で問いかける。聖ちゃんも驚いて中腰になった。
「村瀬さんは俺を騙したんですか?」
聖ちゃんは私のうんざりした表情と、棒立ちの服部を交互に見比べている。
「処女みたいな振りしてビッチだったの?」
服部は興奮して早口で言葉がよく聞き取れない。
「なに?」
「ビッチだったのかって言ったんだ」
私が? ビッチ? 聖ちゃんと顔を見合わせて思わず二人で笑ってしまった。
「あはっ、芽依、なに笑っているのよ、私の仲間だったの?」
「だってビッチといったら、陽キャの最上位、私なんかが」
「ふざけないで!」
学食に服部の声が響き渡った。二人で体を硬くする。
周りにいた学生がザワつき始める。確かにふざけている場合ではない、これはまずいかもと脳にじんわり汗をかくような感覚。
「あんな奴に
これヤバいよ刺激しない方がいい、聖ちゃんが小声でささやく。
「でも俺、わかっているから。無理矢理だったんだろ?」
この時初めて鳥肌がたった。
周りも騒然としている。私は思わず椅子から立ち上がって後ずさりする。
その間を見計らって、聖ちゃんがテーブルの下でスマホを操作していた。
私は服部の視線に絡めとられて金縛り、思うように動けない。体感時間が長い。
少しして服部が手を伸ばしてきて私の左手首を掴もうとしたので、とっさに振り払ってしまった。
服部は熱いものに触れたかのように手を引っ込め、
「どうして? どうして俺じゃダメなの?」
そして意を決したように間合いを詰めてきた。
私は逃げようとして、慌てて体を反転した拍子に足がもつれ、椅子にぶつかり床に転がってしまった。
服部はゆっくりひざまずき、私の顔をのぞき込みながら、
「大丈夫? ぶつけちゃった? 村瀬さんはいつも逃げようとするから」
私は顔を背ける。服部の縮れた前髪、その奥の目を見てはいけないと本能が知らせる。油にまみれた黒い羽の匂い。
「俺、ちゃんと言っていなかったよね。ね、こっち見て」
「……」
「じゃあ、そのままでいいから聞いて。俺が誰よりも一番、村瀬さんを好きなんだよ」
「……」
「村瀬さん、俺、こんなに人を好きになったのって、初めてなんだ」
「……嫌い」
「どうして、どうして村瀬さんはそういうことを言うの? 本心じゃ無いよね? そんなに百川が恐いの?」
話が噛み合わない。ずっと平行線をたどるような徒労感。
そのとき、
「服部てめえ!」
菅君が走ってくるなり、服部に横から蹴りを入れたのだ!
転がる服部。聖ちゃん、さっき菅君に連絡してくれていたんだ。
「一成!」聖ちゃんが叫ぶ。服部は脇腹を抑えながら呻くように、
「菅さん関係ないでしょ、邪魔しないでよ」
「いいから出ろ!」
菅君は服部を掴んで食堂の外に連れ出そうと引っ張るけど、服部もアドレナリンを爆発させ馬鹿力を発揮している。
あ! 服部が菅君の顔を張り手して、眼鏡が飛んでいった。どうしよう、菅君が怪我でもしたら。
食堂にいた生徒は、みんな遠巻きになって見物している。スマホをかざしている人もいる。誰か加勢してくれる人はいないの?
そのとき大きな影がサッと飛び込んできた。諒君だった。
諒君はさほど力を入れているようには見えなかった。けれど、服部の右手首を掴む否やフワッとひねりあげそのまま床にたたきつけ、一瞬で服部を制圧した。
これが合気道なの、凄い。それにしても誰が呼んだのだろう。あ、もしかして構成員の誰か? 床に座ったまま周りを見渡す。気がついたら野次馬だらけだった。
「痛い痛い離せ」
「芽依、友達も怪我は?」
「無い、大丈夫」
「よかった」諒君は大きなため息をついたあと、服部に向かって静かに言った。服部の腕は背中にひねり上げたまま。
「イマイチ状況が飲み込めない。おまえ、いつからつきまとっていた? このまま警察呼ぶか?」
「アンタこそ、彼女を無理矢理穢しただろ」
「おまえ病院行け。おかしいぞ」
そのころになってようやく、教務課の職員達がバタバタやって来た。服部を引き渡したが、その後、有耶無耶になってしまったようだった。